影霊 イナノメの章 銀竹の茶会 2
三人の話は妖怪連合『百鬼夜行』に関する話題に移った。
「幽吹ちゃん。一応聞いときたいんだけどさ、百鬼夜行を抜けるつもりは無いんだよね」
「当然じゃない」
「なら、やっぱり私は幽吹ちゃんに主導者続けてもらいたいな。名ばかりでもいいから」
「ワタクシも同意見ですわ。幽吹の代わりを務められる者はいません」
嵐世と銀竹の言葉は決してお世辞では無い。幽吹もそれは理解していた。
しかし……
「はいはい」
幽吹は素っ気ない反応を見せる。
「司くんと一緒にいたいんでしょ? なら、百鬼夜行の道連れにしたらいいじゃん」
「簡単に言ってくれるわね。あの子が死にかけて間も無いってのに」
「司くんが死にかけるのは、今に始まったことじゃないよね」
「今までは私が側にいたわ。でも、今回は違った。すっかり油断してた」
「いや〜、儀右衛門までやられちゃうとは思わないでしょ」
「申し訳ありませんでした。ワタクシがもっと厳しく躾をしておけば……」
銀竹が唇を噛む。
「だからあんたのせいじゃ無いって。あと、あんまり暴力的なのはどうかと思うわよ。せっかく言葉は話せるんだから……」
「銀竹ちゃんちょっと怖いよね。思いやりってのが無い」
「アナタに言われるとは、心外ですわ」
アラサラウスの躾に関しての議論となる。
「……そういえば、そのアラサラウスは今どこに?」
話題の中心にあったはずの妖怪の所在が分からない事に、幽吹が気付いた。
「もう帰ったんじゃないの?」
嵐世は首を傾げる。
「いえ、アラサラウスも百鬼夜行の一員としてワタクシに帯同させるつもりですから、近くに控えさせていますわ……あら?」
銀竹は古民家の外を見渡すが、辺りに大熊の姿は無い。
「あの馬鹿グマ、また勝手に……」
怒りで声を震わせる銀竹。
「……どこ行ったのよ。あんたの側にいないと危ないんでしょ」
「この里にいる限りはワタクシの影響下にありますから、暴れたりはしませんわ。司くんには手を出すなとキツく言ってますし……ですが、どうしてワタクシの側を離れたのか……」
「とにかく探しに行くわよ」
幽吹はまず司がいるという温泉に向かった。嵐世と銀竹も後に続く。
温泉の周りには、雪女達の人集りが出来ていた。湯に落ちない程度に距離は置いている。
「銀竹ちゃん。雪女の子達集まり過ぎでしょ。覗きじゃなくて、もはや観衆」
「……人間の殿方がこの里の温泉に入るのを見るのは初めてでしょうから……それにしたってみっともないですわね。覗き見防止の仕切りを用意しなければ……おっと」
雪女の一人が銀竹にぶつかる。
「気を付けなさい、湯に落ちますわよ……あら?」
「あ、銀竹様……」
銀竹が支えたのは、我が一番弟子の姿であった。
「氷雨、アナタまで……」
ため息をつく銀竹。うつむき、バツが悪そうに笑う氷雨。
幽吹は温泉の目前まで辿り着いた。銀竹と嵐世も少し遅れて到着する。
無意識の内に司を探す幽吹だったが、湯煙に隠れその姿を見る事は叶わない。
「おうおう、テメェらまで来やがったのか。見せもんじゃねぇぞ」
湯煙の中から響くのは逢魔の声。
「あんたに用は無いわよ。司、いるの?」
陰力は感じ取れるので、温泉の中にいるのは確かだろう。だが幽吹は彼の応じる声を求めた。
「いるけど。何事ですか?」
「あいつらも覗きに来たんだってよ」
司と逢魔の声が聞こえる。
「逢魔、あんたは黙ってなさい。司、アラサラウスの姿が見えないの。気を付けてね」
安心しながらも、ひとまず注意を呼びかけた。
「ああ、アラサラウスならここにいるよ」
「えっ?」
思ってもみなかった言葉が司から返ってきた事で呆気にとられる。
「まさか温泉の中に?」
アラサラウスの霊力はうまく感じ取れない。温泉に含まれる霊力が邪魔をしている。
「……確かめてみましょう」
銀竹が白い着物の袖を温泉に向けると、強い風が吹いた。湯煙が僅かに晴れる。
幽吹達には温泉に浸かる大きなクマの姿が見えた。
それも二頭。
一方のクマ、アラサラウスは司と逢魔が見かけたついでに誘ったら素直に付いてきた。
もう一方のクマは、御影司である。司は雪女達が次々と集まることに恥ずかしくなって『鬼熊』を発動したのだった。それがまた一段と雪女達の関心を寄せたのだが。
「わっ、増えてる! おもしろ〜い!」
声を弾ませた嵐世は、衣服をそのままに温泉の中に飛び込んだ。二頭のクマを追うが、クマも温泉の中で逃げ惑う。
「あの姿……司の陰術ね。いつの間に……」
「ええ……驚きましたわ」
嵐世の奇行への抗議を忘れるほど、幽吹と銀竹は感心していた。
司が新たな陰術を文字通り身に付けている事。そして、人間を憎んでいるはずのアラサラウスが司を認めている事に対して。