影霊 イナノメの章 14
「ほうほう海を渡りたいと……そこで儂を探していたんじゃな」
「乗車料として、それくらいやってくれるわよね」
山陰と座礁が話し合っている。
「うん。構わんよ。山姫の頼みじゃ、無碍にするわけにはいかん」
蛭子は快諾してくれた。
「随分とアッサリだな」
逢魔が言う。
「ね」
座礁は物分りが良い。霊雲とは大違いだ。
「儂はな、海の近くならばどこにでも現れるが……逆に言えばそれ以外に現れる事が叶わんのじゃ」
俺と逢魔に向けて、ニコニコしながら話す蛭子。
「霊力を海から得てるから? でも、その理屈なら、ただ力が弱くなるだけじゃないの?」
山の妖怪である幽吹だって……今は特に問題無いが、山から長時間離れるとなれば、どんどん霊力を減らしていき、妖怪としての力が弱くなる。蛭子もそれと同じなんじゃないのか?
「これは自慢じゃが……山姫やあの天女さんよりも、儂は少しばかり神に近い存在でな、霊力も強い」
自慢なのか……
山姫は幽吹、天女は嵐世を指して言っているんだろう。
「その代わりに、海との結びつきも強く、離れたくても離れられないのじゃよ」
「そうなんだ……」
強大な力を持つが故の、代償があるわけか。
海沿いの建物に取り憑いてしまうのは、他の世界への憧れがあるのかも知れない。
「司くん。君は人間でありながら、妖怪の味方をしているんじゃろう?」
「……? まぁ、一応」
別に、妖怪の味方だからといって、人間の敵というわけではないが。
宿敵である旭だって、今では怨霊と化しているらしいし、元はと言えば身内である。
「頑張れよ。儂は心から応援しとる。じゃが、悲しいことに手を貸せる事は少ない」
そうか。海を離れられないから……
「だからこそ今、儂は喜んで手を貸す。君達御影の人間や、妖怪の役に立てる事が嬉しいのじゃ。今後も海に立ち寄った時は、いつでも呼んでくれ」
俺は大きく頷いて応じた。
「しかし山姫よ……最近はまた物騒になってきたのう」
「……らしいわね」
物騒?
「物騒って……何が?」
テレビとかインターネットとか、情報を得る媒体がひがくれ村には無い、あるいはまともに使えないので、俺は最近の世界の情勢について疎い。
何か大事件でもあったのだろうか。
「司は、気にしなくていいわ」
「……?」
「なんじゃ山姫、司くんは知らんのか?」
「伝えた方が良いかしら? 綾乃と水臣もまだ伏せてる話だけど」
「あの二人が話してないなら……まだその時期では無いという事かのう」
「おいおい、また隠し事かよ。それだからお前は信用出来ねぇんだ」
逢魔が幽吹に吐き捨てる。
「は? 別に要らないわよあんたからの信用なんて」
「威勢の良い霊じゃな。名前は?」
「逢魔様だ」
「ほう……何が出来る? 喋るだけじゃないんじゃろ?」
「当然だぜ。見てろ」
蛭子は逢魔に興味を持った。
何となく話をはぐらかされたような気がするが……まぁ特に心配はしていない。俺は幽吹を信頼している。