影霊 イナノメの章 19

妖怪を召喚するための契約は、いたって簡単である。
まず、召喚したい妖怪を目の前にする。今回は嵐世に召喚して貰うだけ。
「【一旦木綿】」
客車の中に、白い布が折りたたまれた状態で現れた。
「ただの布じゃねーか」
逢魔が言う。
「一旦木綿。この子は司くん。絶対に攻撃したらダメだからね」
嵐世が一旦木綿に言い聞かせる。その注意必要なんだ。いちいち不安にさせるなぁ。
白い布は、嵐世の言葉に応じるかのように、ひらひらと独りでにはためいた。
「今後は司くんにも力を貸してあげてね」
一旦木綿は布の端っこを俺に近付けてきた。
「うん。大丈夫そう」
嵐世が微笑む。そうって何だよ。曖昧だなおい。
俺は近付けられた布を優しく撫でる。握手みたいなものである。
「よろしくね」
はい。これで召喚の契約終了。
今後は俺の霊力を消費し、この一旦木綿を召喚する事が出来るようになった。
ただし、いつでもというわけではない。召喚術の厄介なところは、召喚される側も同時に「今なら召喚されてもいいよ」的な意思がなければならない。つまり、召喚する度に双方の同意が必要なのだ。
「契約って、こんな簡単だったのか。ならよ、俺様を司に召喚させる事も出来るのか?」
逢魔が嵐世に訊いた。
「う〜ん。司くんが逢魔くんを召喚するのは無理だね。霊力の消費が重すぎるよ」
「そうなのか。まぁ、簡単に召喚されるほど、俺様の存在は軽くねぇって事だな」
召喚術は決して万能ではない。召喚する度に、多くの霊力を費やす必要があるのだ。そもそも召喚するために必要な霊力を保持していなければ話にならない。
よって、召喚できる妖怪の強さや数は、召喚者の力量を端的に表す。
そういえば以前、綾乃が京都で四候の内の三人……炫彦、鬼然、銀竹を召喚したらしい。それが本当ならば、とんでも無い霊力の消費量なんじゃないか?
「あら、結局召喚術教わったの。まぁ、それ位なら良いけど」
幽吹が戻ってきた。
「司くんの自由だよね。幽吹ちゃんが決めないでね」
「うるさい。それより、雪女の隠れ里に到着よ」
「おっ、雪だぜ司」
逢魔が窓に張り付く。
窓の外には一面の銀世界が広がっていた。いくら北海道の山の中とはいえ、今はここまで雪が降るような季節じゃないのに。きっと、銀竹や雪女達の力によるものだろう。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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