影霊 九余半の章 7
「司くん司くん」
大広間で食卓の用意をしていると、嗄れた声に名前を呼ばれた。母の戦闘を補佐する、古空穂の空だ。
「どうしたの?」
「司くんあんたは、このあたしを見てどう思う?」
何なんだ? 唐突に。
「よく動いて喋る矢入れだなぁ、とか……」
「それだけかい?」
「あとは……」
空をよく見てみる……この古い矢入れは、何かの動物の皮が使われているのだろうか、タヌキ的な動物の顔が浮かび上がり、その目がこちらを向いている。
「タヌキっぽい」
「……そ、そうかい」
期待されてた答えとは違うんだろうか。模範解答を教えてくれ。
「あんたには、私達妖怪が何か可愛らしい動物のように見えてるのかもねぇ」
「えっ、見る人によって違うの?」
「いんや、姿形が違って見えるってわけじゃ無いが……印象ってもんがあるだろう?」
「あー、あるね。一目見ただけで苦手そうな人だなぁとか」
そしてそれは、見るものによって変わってくる。
「そう、それさ。普通あたし達妖怪を人間が見たときは、漠然とした恐怖とか、嫌悪を感じるものなんだけどねぇ、あんたの場合はそうでもないらしい」
確かに、今まで妖怪を見て、嫌悪感を抱いた事は無い。恐怖は……ものによりけりだ。鬼はちょっと怖い。威圧感が凄い。
「どうしてかねぇ……幽吹の影響? いや、崎姫……?」
空はぶつぶつと呟いた。
「ところでさ、普通の人間が妖怪を見るとこって、そんなにないよね」
人間が妖怪を見ることが、さも当然のように空は話していたが。
「ん? ああ、そうさね。あたしが言ったのは、昔の話さ」
「昔の話?」
「昔は……結構沢山の人間が、妖怪を見ることが出来たんだ」
「何で今は見れないの? 人間の持つ霊力が減ったからとか?」
「それもある。自然と触れ合う事が減ったからね。本来自然から分け与えられるはずの霊力が減ってしまった。そして一番の原因は、光さ」
「光って、こういう?」
屋敷の天井から下がった、障子の貼られた格子に囲まれる電球を指差す。
「ああ、まさしくそういう人工の光が、人間の世界には溢れてしまった。妖怪は光が苦手だからね。そもそも人間の前に姿を現さなくなったのさ」
「なるほど……霊力が減って、見えにくくなったのに加えて、光のせいで近くにいる妖怪の数も減ったと……あっ、この光は大丈夫なの?」
「この屋敷のは大丈夫。綾乃が手を加えてるからね。ほら、その障子、実はお札になってるのさ」
……確かによく見ると障子にはうっすらと呪文的な文字が書かれていた。
「光と言えば、八房の雷とかは? 黒いけど、それなりに眩しいよね」
「あれは見るだけなら問題無いよ。霊力が元の電気だからね。強いて問題だとするなら……今は村にいるんだろう? あのカラスの」
「ああ、八尺」
確か八尺は、光を放って攻撃していた。
「あれの光も、霊力が元なんだけど……霊力自体が少し特別でね。陰力の対極にある陽力って言うんだよ」
へぇ、陰力と陽力。影と光。
「陰力も陽力も……妖怪がその力を操るのは極めて珍しいんだけど、特に陽力はね……あのカラスと、鏡の付喪神くらいじゃないかねぇ」
「陽力を持つ者は、妖怪が苦手な光を操る事が出来るんだ。それはなんと言うか、強過ぎない?」
ずるくない?
八尺が四獣神のリーダー的立場にいるのは、その力が強いからだろうか。
「ああ、強いよ 。でも妖怪が使う陽力なんて、たかが知れてる。本当に恐ろしいのは……いや、この話はまた、次の機会にしようか。そろそろ宴の準備が出来たようだ」
空の話は、良いところで終わってしまった。