影霊 イナノメの章 17
海を渡る手伝いのみならず、戦いの指南までしてくれた蛭子。彼との別れを告げ、引き続き雪女の里を目指す。ここまで来たらあと少しだ。
俺は客車の中で、小さな鳥や蝶、水母なんかを影で作り出していた。物思いに耽る時、俺はよくこうする。
「やっぱり潜影術を使えないとダメなのかな」
蛭子から指摘された欠点、それは俺自身があまりに無防備である事だった。
身を守る盾としては穿山甲の他にも、四獣神のイヌ、八房から塗壁の召喚術を教わっており、最低限の防御を固める事は出来る。ただ、攻撃との両立が難しい。
自分の身を影の中に隠す潜影術、それを修得すれば、安全地帯にいながら攻撃力に優れた技を発動する事が出来るのではないかと思った。
「でも、相当難しいらしいわよ。潜影術を使いこなすのは」
そう言う幽吹は、影の蝶を手の中に捕まえて眺めている。
「そうなんだ……」
母が使っていた潜影術。俺には無理だろうか。
「もっと筋肉を付けてよ、刀で戦えばいいんじゃねぇの?」
「人間が多少鍛えたところで無駄よ。司には剣の才能も無いし」
「ならどうするんだよ」
「別にこのままで良いんじゃない?」
「お前、蛭子の爺さんが言ってた事聞いてたか?」
逢魔と幽吹が俺を挟んで言い合う。
「私が司の欠点を指摘していないという話なら聞いてて耳が痛かったわ。でも……さっき蛭子に指摘されてた司の欠点……それを私が欠点だと認識していなかったとしたら?」
「はあ? 何言ってんのかサッパリ分かんねぇぞ」
俺もよく分からない。
大猩々のような、パワーに特化した陰術を発動し、その操作に集中した時……俺自身が無防備になる事は、誰がどう見ても欠点である。それも致命的な。
幽吹はそれが、欠点じゃないと言うのか?
「さっすが幽吹ちゃん。相変わらず歪んでるね〜」
突然、どこかから聞こえてきたふわっとした女の声。聞き覚えがある。そして俺は、幽吹の事を幽吹ちゃんと呼ぶ妖怪を一人しか知らない。
妖怪、天逆毎。霊雲の嵐世だ。
「出やがったな雲妖怪」
逢魔が指差したのは、僅かに開かれた客車の窓。
窓の外に見えるのは、機関車と並走する色鮮やかな雲。
「……寒いわね。逢魔、その窓閉めて」
「お、おう」
幽吹の指示で逢魔は僅かに開いた窓をピシャリと閉めた。
くぐもった声が外から聞こえるが、内容を聞き取る事は出来ない。