影霊 イナノメの章 5
日隠村を出発して、数時間。陰力の残量に限界を感じてきた。
「幽吹。そろそろやばいかも、保ってあと10分くらい」
少し頭がくらくらする。
「結構頑張ったじゃない。少し休みましょう」
幽吹が儀右衛門に伝えると、ひがくれ号はスピードを落とした。今俺たちはどこにいるんだろうか。どこかの山の中という事しかわからない。
「逢魔くん、付いてきたまえ」
「おう」
儀右衛門と逢魔は、普通の鉄で出来たレールを貨物室から運び出し、幽吹の霊力によって整えられた地面に敷いていく。
吉田と桐竹から射出していた影の線路を形成する陰力の供給を止め、ひがくれ号は儀右衛門と逢魔が敷いた鉄のレールの上に乗り移った。
これで俺の陰力は消費せずに済む。やっと気を休めることができる。
「再出発は日没後にしましょうか。その方が司の疲労も少なくて済むし」
「そうだな」
ひがくれ号から降りると、幽吹と儀右衛門が話し合っていた。
日没後という事は、休める時間は六時間程度だろうか……全快させる事は難しそうだけど……
「おう司、飯にしようぜ。手貸してくれ」
厨房を備えた食堂車から顔を出す逢魔。料理人をやってくれるみたいだ。相変わらず器用だなぁ。
幽吹の友人であり日頃人間の世界で料亭を営んでいるという炎の料理人炫彦直伝の調理技術。すっかり板についてきた。
「なぁ。お前と幽吹って、結構付き合い長いんだよな」
熱した鉄板を前に浮かぶ逢魔が訊いてくる。
「うん。俺はずっと、人間だと思って接してたんだけどね。見事に騙されたよ」
「改めて思ったが。あいつ、すげぇ強い妖怪だよな。俺様が疑問なのは、それだけ強い妖怪が一体何の目的でお前に執着してるのかって事だ。単なる興味関心か? お前、あいつに何かしたのか?」
何かって何だ。
「それは俺も疑問に思ってたし、特に俺が何かしたってことは無いと思うけど……最初はさ、俺の味方をするフリをして、あるいは味方をするついでに三将を叩きのめして、村の固定化した勢力を掻き回す事を目的にしてるのかと考えてたんだよね。でも、結果的にそうはならなかった」
「四獣神と三将の連中は結構仲良くやってるみたいだからな。三大勢力の転覆をはかったんじゃなく、むしろ結束を固めるお膳立てをしてやったってところだ。それは幽吹の狙い通りだったってわけか?」
「そうかもしれないんだよね。個人的に三将に痛い目見せてやろうって思いは確かにあったらしいけどさ。その後、母さんとの模擬戦、御影選挙があった。幽吹は遅れて来たけど……幽吹は幽吹なりに、俺や母さんの事を考えてくれてたんだよ」
「……結局、幽吹はお前や、村のために動いているって事か?」
「たぶん」
「それは何となくわかったぜ。でもよ……何か引っかかるんだよな」
逢魔は幽吹の事がまだ信用しきれて無いみたいだ。まぁ、無理も無い。俺だって幽吹の事は分からない事だらけだし……
ただ俺の幽吹に対する認識は、つい先日大きく改まった。我が母、御影月夜のため、そして俺のために全力で旭と戦うという言葉を聞いて。