影霊 イナノメの章 23

「『大猩々』!」
「『鉄火拳』!」
大猩々の巨大な拳と、逢魔の炎の鉄拳がぶつかり合う。
火花が撒き散る度に、観衆の雪女達からは悲鳴が上がる。怖いなら近くで見なけりゃいいのに。
「隙あり!」
逢魔が大猩々の脇をすり抜けて、こちらに迫った。
「 『穿山甲』!」
盾を発動する。
「上がガラ空きだぜ!」
振り回した穿山甲の尻尾を躱すと、逢魔は俺の頭上で拳を向けた。
俺の負けだ。
「あー、また負けた。どうしたら良いんだろう」
大猩々の改良どころじゃない。穿山甲の弱点さえも明らかになってしまった。空中から攻めてくる敵への対策がまるでなってない。
「透刄とか、連雀もバラ撒くべきか……」
だが、そんなにたくさん陰術を同時に発動できるはずもない。
「まぁ、お前が一人で戦うわけじゃねぇんだからよ。あんま気にすんな。ただ、俺様には敵わねぇってだけだ」
「なるほどなるほどー」
逢魔の言うことも、一理有る。だが、だからといって……
「……無駄が多いんだよね。俺の陰術は」
芸術点がいくら高くたって、何の意味も無い。
「あの……一つ、見ていて思ったのですが。よろしいですか?」
ずっと俺と逢魔の立会いを見ていた氷雨が手を挙げた。
「うん。もちろん」
「影をこのようにして……壁にする事は出来ないのでしょうか」
氷雨は、降り積もった雪を霊力で持ち上げ、瞬く間に大きなかまくらを作ってみせた。
「おお! 凄い!」
「ありがとうございます。参考になれば良いのですが」
かまくらの中から顔を出す氷雨。
なるほど……自分の周りを、影で覆うわけか……
「でもなぁ……見た目上はそれが出来たとしても、俺の影は耐久力が無いから」
穿山甲のように、想像したモデルが固くないと、影も強固なものになり難い。
線路を作った時のように、多くの時間を費やし、試行を繰り返せばいずれそれも作ることが出来るだろうが……相当時間がかかりそうだ。なぜなら俺はまず、モデル無しに影を持ち上げる事が出来ない。
線路を作れたのは、儀右衛門が所持していたツキヒの武器、火縄銃の吉田と桐竹のお陰なのだ。
「……貝をモデルにしてみるか?」
巨大な二枚貝をモデルにして陰術を発動する。そうすれば、開閉可能な強固な盾が作れる。
あとは、俺がその盾の中に入るだけ……うーん。入れるかなぁ。
「とりあえず、やってみるか……」
シャコガイをモデルに陰術を発動してみる。
「面白いだろ。見てて」
「……はい」
俺が巨大な二枚貝の中に入り込もうとしている様を見て、逢魔と氷雨が笑っていた。
俺は笑われながら試行錯誤を繰り返す。
だが……
「ダメだこりゃ」
入れない事も無かったが、めちゃくちゃ手間取った。こんな事してる暇があったら、潜影術の修得に取り組んだ方がよほど良い。

幽吹、嵐世、銀竹の三人は、敵軍の半数を既に無力化していた。
「タムラマロ逃げちゃったじゃん。私、追いかけよっか?」
「別に良いわよ。大したこと無さそうだし」
「案外小心者でしたわね」
「それより、こいつらの目的聞いた? 雪女の隠れ里じゃ無かったみたいよ」
「え? なんですの?」
「北海道の最北にいるバケモノを狙ってたって吐いたわ。殴ったら」
「ああ、あの妖怪を……流石ですわね幽吹。早いところ、残りを片付けましょう」

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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