影霊 ガリョウの章 12

「む、面倒な奴が来た」
「ですね、むさ苦しい方が」
八房と崎さんが何かに反応する。庭を見れば、アラサラウスも二の足で立ち上がって周囲を警戒していた。
獣達の感覚の鋭さには目を見張るものがある。
「御影の小僧と山陰が帰ったと聞いたぞ!」
玄関の方から低く響く、威圧感のある男の声……
「鬼玄かよ、何しに来たんだ」
逢魔が吐き捨てた。
鬼の一族の大将、黒鬼の鬼玄。強大な力を持つ妖怪だ。本気を出せば幽吹と同等以上の実力を発揮する。
「いらっしゃい」
拒むことはしない。綾乃は鬼玄を迎えた。
「邪魔するぞ」
どすどすと音を立てて広間に上がりこむ黒鬼。
アラサラウスが唸るが、銀竹はそれを宥める。
「本当に邪魔だからさ、早く帰ってよ」
本音を臆する事なく放つ嵐世。
逢魔もニヤニヤしながら頷く。命知らずな奴だ。
「小僧、山陰。やはり居たな」
鬼玄は嵐世の言葉を無視して俺と幽吹を見下ろす。
「その小僧呼ばわり、止めてくれない?」
俺が言ったんじゃない。母が言ったのだ。
母親としては気持ちの良いものでは無かったのかも知れない。俺は、別に良いんだけど……
「……ふん、ワシなりの親しみと愛を込めてそう呼んでいるのだ」
愛は別にいらないけど、確かに鬼玄の呼び方に嫌味は感じない。
「で、私と司に何の用?」
幽吹が訊く。
「山陰貴様、百鬼夜行を集めるらしいな。この村の妖怪に戻ったのでは無かったのか」
ドスの聞いた声で問い詰める。
百鬼夜行は日隠村の外にいる妖怪の連合だと聞いた。鬼玄の問いはもっともだと思う。
「私はこの村の妖怪よ。でも、百鬼夜行の主導者でもある」
「矛盾しているだろう」
「そう思われても仕方ないわ。だからこそ、集会でその是非を問う。村の妖怪になったこの私が……主導者をやり続けていいのか、今後も百鬼夜行の一員として認めてもらえるのかどうかを」
鬼玄は目を丸くして黙り込んだ。反論は思い付かないようだった。
幽吹は百鬼夜行の主導者という立場に固執していない。むしろ辞められるものなら辞めたいとさえ考えている。だからこそ、ここまで強硬な態度が取れる。
「良いだろう、見上げた覚悟だ。ならばその次……小僧を連れて行く気ではないだろうな」
ああ、その事か。
「言ってやりなさい、司」
幽吹が回答権をくれた。
なら言ってやろう。
「俺はこの村に残るよ。御影の人間としての務めがあるし、幽吹達に迷惑をかけるかも知れないからね」
これまた鬼玄は目を丸くし、口をポカンと開ける。鬼の大将の情けない顔。
「……そ、そうか。念のため確認したまでだ」
「本当に司くんを連れて行く気があるなら、村にわざわざ戻ってこないよね〜」
ふわっとした言い方だが、トゲがある。明らかに馬鹿にしている。
馬鹿にされた鬼玄も流石に頭にきたのか嵐世を睨みつけた。
ヘラヘラと笑う嵐世。
「……まぁ良い。山陰、霊雲、銀竹。それに雪女の御嬢さん達、ついでにそこのクマ。健闘を祈る。ワシ等の敵は同じだ。綾乃、早々に作戦会議を開け。イナノメ軍を叩き潰すぞ」
鬼玄はそう言って屋敷から去っていった。
「いたたまれなくなって、帰って行ったよ」
「これだから考え無しの馬鹿は。鬼然とは大違いですわ」
嵐世と銀竹が笑う。
鬼玄の去り際……少し情けなかったけど、嫌いでは無い。
思っていたよりも悪い妖怪じゃ無いんだと思う。
幽吹を問い詰めたのだって、この村の一員だと認めているからだろうし……
でも、そこまで大事なのかな。村の妖怪か、そうで無いかってのは。

#小説 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章

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