影霊 九余半の章 6

一方、崎姫と八房が別室で話している頃の台所。
「あらぁ? 逢魔。あなた見かけに反して手際が良いわね」
火を前にして浮かぶ逢魔の動きを、市が褒める。
「あ? そうか? まぁいつも司に手伝わされてるからな。それと、炫彦のオッサンにも料理を習った」
「へぇ、炫彦に。たしかあの妖怪、人間の世界で料亭を開いたりしてたわねぇ。今もやってるのかは知らないけど」
「まだやってるって言ってたぜ」
「そうなの? なら今度行ってみようかしら。ねぇ、月夜ちゃん」
市が月夜に呼びかける。
「そうね。幽吹、炫彦に伝えといてくれる?」
「……良いけど」
そう言う幽吹の動きは、逢魔に比べてぎこちない。
「あなたは……普段料理とかしないの?」
見かねて月夜が尋ねる。
「特に必要無かったから……四候の連中といるときは、炫彦か銀竹がやってたし、この屋敷に来てからは司や逢魔達が……」
言い訳がましく答える幽吹。
「そう。でも、素直にここに立ってるって事は、上達したいという気持ちはあるわけね?」
「……まぁ、それなりに。そこの霊に負けるのは癪だし」
それを聞いた逢魔がケケケと嘲笑う。
「なら、頑張りましょうね」
月夜の声に、幽吹は小さく頷いて応えた。
さらに月夜は続ける。
「さっきの戦いの中で、あなたに司を任せてあげるって、言ったわよね」
「……言ってたわね。私にとって、蠱惑的な提案だったわ」
司に降参しようと進言した事を思い出して笑う。
「あなたは、今後司がどんな道を選んでも、付いて行くの?」
月夜が訊く。
「それは間違いないわ。司に拒絶されない限り……ね。お母様にとっては迷惑かしら?」
「昔はあなたの事、少し目障りだと思ってたわ。司をこの村に送り出す前まではね。ああ、あと今日あなたが現れた瞬間も」
「怒ってたわね」
「怒るわよ! 来ないと思ってたもの」
「ふふっ」
幽吹は吹き出した。
「……でも、結果的には感謝してるわ」
「なら、今後は私に司を任してくれるの?」
「それはまだダメ」
「……残念」
そうは言うものの、幽吹の表情は明るかった。

#小説 #九余半の章

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