影霊 キの章 15

北海道、雪女の隠れ里
「風尾……あいつ殺す」
幽吹は、風尾の部下の鎌鼬が届けてきた手紙をクシャクシャに丸めた。
「物騒ですわね。先ほどの手紙ですか?」
暇潰しに氷の彫刻を作成している銀竹が訊いた。
「そうよ。あいつ、司と一緒に風呂入ったって……次会った時絶対殺してやるわ。なに自慢気に報告してくれてんだか」
「あなたも早く村に帰ればよろしいのに……」
思っていたより長く幽吹が隠れ里に滞在し続けている事に、鬱陶しさを感じ始めた銀竹が言う。
他の四候のメンバーである炫彦と鬼然は、既に自分達が拠点としている場所に帰っている。
炫彦は人間の世界に紛れて生活をし、鬼然は信濃の地で修行の日々を送っている。
「どうして帰らないんですの?」
「……まだ反省中」
「あなたが反省するなんて考えにくい、と嵐世が言ってましたわ」
「あっそ。あいつの話は信じない方がいいわよ」
「……ワタクシにくらい教えてくれたっていいじゃありませんの。何に悩んでいるのですか?」
銀竹もそろそろ我慢の限界である。
幽吹は観念したように口を割った。
「……手紙にも書いてあったけど、私が薄々予想していた事が始まるの」
「えっ、何でしょう?」
「司が正式に月夜から御影の人間としての座を引き継ぐかどうかを決める儀式を綾乃はやるつもりよ。月夜もまだまだやれるでしょうからね」
「……遅かれ早かれ、必要な事ですわね。司くんが引き継がなかった場合、どうなるんですの?」
「そこまで劇的に扱いが変わるってわけじゃないけど……しばらくの間村の仕事から解放されるし、もしもの時に命張らなくて済むんじゃない?」
それは、充分劇的な変化では。と銀竹は思う。
「もしも、とは……やはり旭絡みの?」
「もちろん。次のタイミングは間違えようが無いわ。今度は兆候を確実に捉える術があるからね」
「でしたら……御影の人間として実力の高い月夜がまだ戦えるというのなら、もうしばらくは月夜に委ねた方が良いのでは……」
「あんたもそう思う? 私も、司はもう少しじっくり育ててあげるべきだと考えてる。だから、私は村に帰らないの」
「司くんに、御影の人間の座を引き継がせないために幽吹は村に帰らないということでしょうか?」
「そう。おそらく、儀式は村の妖怪による選挙になるはずだから、司対月夜の対戦形式でね」
「対戦形式の選挙? なんですのそれは? 普通は多数決ですわよね」
「自分が味方したい方の御影の人間に付いて、もう一方の陣営と戦うの。集めた票数じゃなく、集めた戦力で決まる」
数、質、どちらも重要視される選挙である。
「……それって、絶対どちらか選ばなくてはならないのですか?」
「もちろん棄権、白票、どっち付かずでも問題無いわ。そして、基本的に村の妖怪の多くはそうすると思ってる。現時点で最強の御影を選ぶか……将来を今から見据えるか。難しい判断だし、秘密投票じゃないから余計な対立を生む可能性もある」
「なるほど……でしたら、既に両陣営の戦力は固まっているようなものですわね」
「そういう事。私が司に付かなければ……司は負ける」
銀竹は納得しかけた。だが、一つ違和感が残る。幽吹は未だに悩んでいる。自分の選択に自信を持ってはいない。
「……本当に司くんの味方をしなくて宜しいのですか?」
幽吹の選択は、自身の歪んだ性癖に反しているのでは、と銀竹は疑問に思う。
「今回だけは良いんだって、司が御影の人間の使命から解放されれば、しばらくは私の自由に出来るんだから」
どちらにせよロクな考えではなかった。

#小説 #キの章

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