影霊 九余半の章 4

台所を通りかかると、母と人の姿に変化した市おばさんが食事の用意をしていた。
「月夜ちゃん。人数多いし手が足りないわ」
「そうね。崎ちゃーん、ご飯の用意するの手伝ってくれなーい?」
「すぐに参ります」
母に呼ばれた崎さんが、屋敷のどこかで返事をする。
母さん達も疲れているだろう。見過ごすわけにはいかない。
「手伝おうか?」
「大丈夫。ここはお母さん達に任せて司は休んでて」
そう言いながら見せたのは、見慣れた母の顔だ。この村に来て、始めて目にしただろうか。少しほっとする。
「でも、人手が足りないって……おっとごめん」
「失礼。通りますね」
崎さんが俺の横を通って台所に到着した。
「ちょうど暇そうな霊がいたので捕まえて来ました」
崎さんの手には逢魔が。
「……確かに暇だったけどよ」
嘘が嫌いな逢魔は渋々母の手伝いを始めた。
逢魔まで働いているんだ、俺も何か……
「それなら司……あの子、幽吹を連れてきてくれる? ここに」
「幽吹? わかった」
俺の気持ちを汲んでくれたんだろうか。母が指示をくれた。
しかし、幽吹……?
あれに手伝わせるつもりだろうか。そう簡単にいくかな。
少し疑問に思いながら探していると、見つけた。幽吹は庭で八房と共に水臣と話している。
「表の奴等からの情報だと、徐々に発作が増えてきてるらしい」
と、水臣。
「……御影と多少連動しているところがあるからな」
と、八房。
「はぁ、めんどくさいわね」
最後に幽吹。
一体何の話だ。
「発作って、誰か病気なの?」
「司か。まぁ、そんなところだな」
八房が答えると……
「司、どうしたの?」
幽吹が間髪入れずに尋ねてくる。
「ああ幽吹。母さんが呼んでる。台所」
要件を伝えた。
「……行ってくるわ」
「ん? 珍しく素直だな」
水臣が目を丸くした。
それを無視して台所に向かう幽吹。俺も後を追う。八房も付いてきた。
「来たわよ。何かしら」
台所に着くなり、腕を組んで言う。偉そうな態度だ。
「あなたも手伝ってくれる?」
「……まぁ、仕方ないわね」
幽吹は組んだ腕を解いて、母の隣に並んだ。
……確かに水臣の言う通りやけに素直だ。何だか怖い。
「あら八房。ここは土足禁止ですよ」
崎さんが言う。
「……土は払った」
八房は、小声で答えた。
犬の姿のまま屋敷に上がってるからね。別に足が汚れてるとは思わないから俺は構わないけど。
「司くん。広間に食卓を用意してくれますか?」
「ああ、うん」
崎さんに指示を貰い、俺は広間に向かった。

#小説 #九余半の章

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