影霊 九の章 28
「終わったか……この八房も危ないところだった」
崎さんに圧倒されつつあった八房。
「司くん。作戦は上手くいったのだな? それなら良かった」
初瀬号と付喪神を駆使し、最終的に母を反則に追い込んだ儀右衛門。
「お前は何で足を地面に突っ込んでるんだ?」
状況が全く掴めていない逢魔。
共に戦ってくれた3人の妖怪が駆け寄ってくる。
しかし……まだ、足りない。
「風尾と弁慶は?」
「2人ならあそこ」
綾乃の視線の先には、確かに弁慶と風尾がいた。遠くからこちらを見守っていてくれたのだろう。
弁慶は、彼自身より更に巨体の大男に肩を支えられながら、こちらにゆっくりと大きな手を振り……
風尾は、白い髪の美しい女性の腕の中でこちらに顔を向けていた。よく見れば小さな手を振ってるようだ。
霊力の尽きた弁慶と風尾を支える二人の妖怪? あれは一体……
「誰? あの人達は」
「私の古い友人、大人(オオヒト)の八雲水臣と……あっちが伝説の鎌鼬、シナツ。あの2人はこの村の妖怪じゃないんだけど、観戦に来てたのね」
綾乃が答える。
えっと、つまり大男の名前は八雲水臣(ヤクモ ミズオミ)で、
風尾を抱えてる女性が、シナツって事だよね。鎌鼬なの?
「古い友人って……もしかして」
「ええ、彼こそが獣神の上に立つ人。そして山陰、霊雲、座礁を認めた人」
八房と幽吹の顔をつい見てしまう。
「何だ? この八房は新参者だからな。水臣との関わりは浅い」
「ま……私より強い奴ってのは確実に言えるわね」
2人が言う。
とにかく、弁慶と風尾は大丈夫そうだ。安心した。
「戦いは終わったのね。私の反則負け?」
影の中から姿を現した母が、崎さん、市おばさん、空と共にこちらに近付き、綾乃に尋ねた。
「あなたがルール違反した事には違いないけど……反則負けとも言えないわね。とりあえず引き分けって事で」
まず、俺は大きなハンデを貰っていた。そして最後には戦闘を放棄した。これで俺の勝利と言われても困る。
「あと月夜、早く司を出してあげてくれる? これ、相当硬く足を縛ってるわよ」
そうだ。早く出せ。
俺の足を飲み込んだ影は、綾乃の陰力を持ってしても解除する事が出来なかったのだ。
「え? おかしいわね……そこまできつく縛ったつもりは……」
母は納得いかないといった様子で俺の足元の影に触れる。
「……ほんとだ。ちょっと力が入りすぎちゃったのかしら……ごめんね司。これじゃ抜け出せないのも当然だった」
母はそう言って俺の手を掴み、引っ張り上げてくれた。
「ふぅ、やっと抜けた……」
抜けないどころか、逆にこのまま引きずり込まれるんじゃないかと思うほど強固な影だった。
「そうだ。母さんが使ったあの術は、どうして御影の人間同士では使えないの?」
反則となった理由を聞いてなかった。
「潜影術ね。使えないと言うより、リスクが高過ぎるの。司と月夜みたいに、実力がかけ離れていれば問題無いけど、実力が近かった場合にね」
「影の中は御影の人間が自在に操作できる世界……御影の人間それぞれ、個別の世界を持ってるけど、互いに干渉させる事も可能なの。つまり、潜影術で逃げ込もうとした世界を、罠を仕掛けた別の影の世界にすり替える事も不可能じゃないって事。だから御影の人間同士での、この戦いでは使用禁止」
綾乃と母が説明してくれる。
なるほと……なんとなく分かった。とにかく便利だけど、同じ陰力使い同士だと危険が伴うんだ。
「あと単に、司相手にこの術使われたら、勝負にならないからって理由も」
綾乃が笑う。
やはり俺と母の力の差は大き過ぎる。
「とにかく、戦いは終わったわ。屋敷でゆっくりしましょう? ね」
綾乃は俺と母の手を引っ張り、御影邸に向かって行った。