影霊 ガリョウの章 13

夕方……
「そろそろ行くわね。あんまりのんびりしてられない。いつまでもこうしていたいけど」
幽吹は嵐世の作った雲の上に乗った。
見送る屋敷の面々。俺と逢魔、八房、綾乃、母とその友人達。遅れてやってきた儀右衛門もいる。
「司様、逢魔様。またお逢いしましょう」
「うん。氷雨ちゃんも気を付けて」
「頑張れよ」
「心配はいりませんわ。すぐに片付けて参ります」
「銀竹ちゃんいっつもそう言って油断してるじゃん」
銀竹と氷雨ちゃん達雪女も嵐世の雲に腰掛けている。なるべく霊力を使わずに移動しようとしているようだ。
「アラサラウス。銀竹の言うことをよく聞きなよ。あと、氷雨ちゃんの言うことも聞いてあげて」
フクロウに変化したアラサラウスが一鳴きする。
「百鬼夜行の妖怪達が一箇所に集まるんでしょ? よく考えたら、かなり危険じゃない?」
母が疑問を呈した。
確かに、敵にしてみれば一網打尽にするチャンスだ。
「座礁の蛭子が一足先に着いてるのよ?」
集合場所は厳島。海神の島だ。存分に力を発揮できる状態の蛭子がいれば、恐れる必要は無い。逆に一網打尽にしてやると幽吹は言った。
母はその言葉に納得する。
それほどに強いのか蛭子は。
「すぐに帰ってくるわ。待っててね」
目が合うと、幽吹が言う。
俺は強く頷いた。
「んじゃ、百鬼夜行に向けてしゅっぱ〜つ!」
嵐世の掛け声で、幽吹達の乗る雲は急上昇していった。
「行っちまったな。大丈夫か? 司」
逢魔が仄暗い空を眺めてそんな事を言う。
「え、何で?」
「幽吹が居なくなって心細くなってないかと思ってよ」
「流石に大丈夫だよ」
ここには逢魔や八房、儀右衛門、綾乃、母さん達までいるんだし……
「……そこまで幽吹に依存してるように見える?」
幽吹に頼りきりだと思われるのは仕方ないけど……まさか逢魔に言われるとは思わなかった。
「いや、そこまでじゃねぇけどよ」
「むしろ逆だな」
八房が付け加える。
「逆ってどういうこと?」
八房も逢魔も答えてくれない。
依存の逆……依存の対義語ってなんだっけ……自立? 俺って自立してる? あまりその自覚は無い。

翌朝……
「月夜は、百鬼夜行を怖れているのだ。それは他の者も同じ。鬼玄もそうだろうな」
縁側に伏せしイヌは、俺の問いに答えた。
俺が投げかけた質問は「母さんが幽吹に、あまり協力的に見えなかったのはどうしてだろう」というもの。
八房の答えは腑に落ちなかった。
「恐れてる? それまたどうして?」
心強いと思うけど。
「司、お前にとっての幽吹は、強くて美しい魅力的な女かも知れないが……」
まぁ、そういう認識はある。
「あと、意地が悪いけど、仲間想いで、料理と演技が下手」
「そうか……よく見てるな……だが、そんな一面を知るのは、司や銀竹、嵐世といった一部の者だけだ。山陰の幽吹はかつて三将全てに喧嘩を売り、御影の人間に対しても牙を剥くような妖怪であったという事を、月夜や鬼玄は忘れる事が出来ずにいる」
ああ、そうか……そういや村の危険分子だと怖れられてたんだ。嵐世と負けず劣らずの問題児である。
「そんな幽吹が、村の外の妖怪達を数多くまとめ上げていると知れば、自然と思い込んでしまうだろう。この村を、潰すのではないかと」
「ええっ、そこまで!?」
驚愕してしまった。
「もちろん現実には難しい。綾乃がいるからな」
綾乃の実力は俺もまだ掴みきれていない。全くの未知数。だが、村存亡の危機となればあの妖怪が最も頼れるのだろう。
「だが、そう思わせてしまうのが幽吹、そして百鬼夜行という集団なのだ」
「そっかぁ……幽吹はそんな事しないと思うけどな」
「うむ。それには八房も同感だ。あいつは司に出逢ってから変わった」
「そうなの? 私は変わってないとか言ってたけど」
「……環境が変わっただけだと言い訳しているのだろう。だが、幽吹一人が変わろうとも、百鬼夜行の脅威が無くなったわけではない」
幽吹が丸くなったのは、母も知るところであろう。にも関わらず未だに非協力的な態度をとるのは、まだ百鬼夜行を不安視しているからだと言う。
「幽吹、炫彦、鬼然、銀竹。四候とも呼ばれるこの四人が百鬼夜行を立ち上げた言わば創設者であり現在も中心的役割を果たしている。この四人に嵐世や蛭子を加えただけならば、まだ幽吹の影響力が十分に働き、自制も効くだろう」
へぇ……四候が初期メンバーだったんだ。
「しかし、今の百鬼夜行は数多くの妖怪が集まる巨大な組織だ。綾乃を抜いた日隠村の戦力にも匹敵するかもしれん。それを幽吹が常に制御しきれるかどうかは、疑問を持たれても無理はない」
「結構ややこしい状況なんだね……」
敵は一つなのに、妖怪達は大きく二つの勢力に別れている。
そして幽吹は、村の妖怪でありながら百鬼夜行の主導者。さらに今はそれを辞めたがっているという状況だ。
少し心配になる。いろいろ抱えすぎじゃないだろうか。支えてくれる者は多いとはいえ……
「ん?」
考えていると、指先に感じるくすぐったさ。目をやると、八房の顔があった。
「すまん……つい」
八房が俺の指を舐めてしまったらしい。イヌの本能か。
「いいよ。別に我慢しなくても」
「そ、そうか……?」
俺は御返しに八房の荒々しくも艶のある毛並みを撫でる。見れば見るほど美しいイヌだ。
八房も心地好さそうに目を細める。
「おはようございます司くん。月夜が呼んでましたよ。一子相伝、陰術の授業です」
しばらくすると、崎さんがやってくる。
「ようやく、だな。行くぞ司」
勢い良く八房が立ち上がる。
陰術の扱いは綾乃に少しだけ教わったが、あの時は時間があまり無く、俺が得意とする陰術を明らかにする事くらいしか出来なかった。
あれから随分と時間が経った。
もっと強くならなくては。

#小説 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章

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