影霊 九の章 27

儀右衛門と母の戦いは芸術的だった。
「『月輪』!」
影の輪が儀右衛門の乗る装甲車両の連結部分を襲おうと迫る。
「いかん! 頼むぞ!」
儀右衛門がそう叫ぶと、煙が一層濃くなり、初瀬号のスピードが上がった。
タイミングを外された影の輪は、装甲車両に弾かれる。
「速い……!」
「おかしいね。幽霊機関車は霊力で動くから、あんまり速さは出ないはずなんだけど……何かを燃やしてるにしたって、あれほどの速さを出すカラクリが分からない!」
空もこれには面喰らったようであった。
種明かししよう。ボイラーに逢魔が入っている。ただそれだけだ。火力の調整は自由自在である。
初瀬号の幽霊機関車としての能力、儀右衛門の初瀬号を操縦する能力、そして逢魔の火力……全てが合わさって可能になった芸当だ。
「準備は良いな諸君!」
儀右衛門が言うと、装甲車両の窓が開き、そこから大筒や小銃といった付喪神の火器が顔を出す。
「一斉射撃!」
号令と共に、一斉に火を噴く火器の数々……
「……くっ!」
母は慌てて影を纏わせた弓矢を継ぐが、少し遅かった。母を襲う銃弾や弓矢、全てを防ぐ事は難しいか。
「……潜影術!」
母の体が、地面の中に沈んだように見えた。銃弾の雨を寸前のところで躱す。
「あっ、逃げた! ふふふっ」
幽吹が笑う。
「どこ行ったの?」
「影の中に身を潜めたのよ。妖怪との戦いなら、使えるけど……」
「御影の人間同士の戦いでは使わない方が良い術ね」
門から降りてきた綾乃が幽吹の後に続けた。
「この模擬戦の中では、使用禁止の約束だったの。だから、この模擬戦は……これでおしまい!」
綾乃は、鉄扇を高く振り上げた。
開戦時よりも、一層大きな歓声が周りの妖怪達から沸き上がる。
ああ、これで終わりか……
「でも、あなたの勝ちってわけじゃないわよ。途中で戦うの放棄したでしょ? 残念だったわね」
幽吹が意地悪く笑う。
「良いんだって、最初からこの景色が見たかっただけだし」
少しでも善戦したかっただけだ。最高の結果じゃないか。母が反則を犯すなんて……
俺は地面にへたり込んだ。ようやく緊張が解けたか……ああ、お腹が痛い。痣が酷そうだ。
「あと……誰か影の沼から足、抜いてくれる?」
結局俺には無理だった。

#小説 #九の章

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