影霊 ガリョウの章 3
「ああ氷雨、どこに行ってらしたの?」
つらら女の銀竹は、貨物車で大熊の姿をした妖怪、アラサラウスと共にいた。彼が勝手な行動を起こさないようにと監視していたのだ。
一人きりでアラサラウスの監視役を続けるのにも飽きていた。友人である幽吹や嵐世の姿も見えなくなり、その上一番弟子の氷雨までふらりとどこかに行ってしまったのだから銀竹は面白くない。
氷雨が貨物車に現れると、銀竹は近くに寄るよう促した。
「申し訳ありません。少し、司様とお話を」
「そうですか。楽しそうで何よりですわ。ねぇ?」
「ン?」
銀竹はアラサラウスに同意を求めた。自分たちはつまらない時間を過ごしていたとでも言うかのように。だが、アラサラウスはその意図を掴めず、太い首を捻っていた。
「……あの、ここまでアラサラウスを見張る必要があるのでしょうか?」
我が師匠がいじけている事を察知して尋ねる。
「目を離すと、何をしでかすか分かりませんわ」
銀竹はこのクマに何度も裏切られていた。力を認めてはいるが、信じきる事は出来ない。
「ですが……銀竹様が常に見張っておくのは……」
いくらアラサラウスが強大な戦力になるとは言え、主人である銀竹が彼に付きっ切りになってしまっては効率が悪い。
「モウ、アバレタリハシナイ」
アラサラウスが口を開く。反省しているようだった。
「……はぁ、分かりましたわ。ただ、時々様子を見に来ます。大人しくしていて下さいね」
「ワカッタ」
頷くクマ。彼は銀竹の事を主人と認めているので一緒にいる事は苦に思っていない。だが、迷惑をかけている事には気付いていた。
銀竹と氷雨はアラサラウスのいる貨物車から出て、空を飛ぶ。
「ふぅ、助かりましたわ氷雨。ずっとあそこにいるのは、少々息が詰まりますから」
礼を言う銀竹。アラサラウスの監視が過剰である事は分かっていた。だが、自らそれを止めることは出来なかったのだ。
「ワタシが銀竹様の代わりにアラサラウスを従えられたら良いのですけど……」
自分と師匠、二人で負担を分かち合うことができればと思う。
「氷雨にはまだ早いかもしれませんわね。ですが、良い手がありますわ。司くんに協力して貰えれば……」
銀竹の知る限り、司は自らに次ぐ、アラサラウスに認められた二人目の人物だった。しかし、銀竹のように、力で屈伏させたわけでは無い。彼の立会いがあれば、氷雨もアラサラウスから認められるかもしれないと考えた。現に、逢魔が既にアラサラウスと馴れ馴れしくしている姿が散見されていた。
「なるほど……今度、お願いしてみますね」
師匠の勧めは、氷雨の表情に笑みを生じさせた。
「アナタ、やはり司くんの事を……」
前々からあった疑念を、一番弟子にそれとなくぶつけてみる。
「はい、お慕いしています」
実直に認めた。
「不思議な方なんです。アラサラウスに襲われた時……ワタシに責任があったのに、司様は一切ワタシを責めませんでした。そんな素振りさえ見せませんでした」
銀竹は微笑を浮かべながら、氷雨の話に耳を傾ける。
「司様はひたすらに、思い遣りがあるんだと思います。ワタシ達、人に非ざる者に対してさえ。その思い遣りをワタシは受け止めて、お返ししてあげたいのです」
銀竹は一つ頷く。
「ワタシは、司様のためなら、溶けて無くなっても構いません。身の程知らずでしょうか? 銀竹様の弟子として相応しくない、愚かな感情でしょうか?」
一番弟子は師匠に尋ねた。
「いいえ……そんなことはありませんわ。ワタクシも司くんの事は、常々良い子だと思ってますから。ふふっ、それにしても可笑しい」
「……おかしいですか?」
師匠が時折見せていた笑みの意味が分からなくなり、不安が過った。
「ええ、可笑しいですわ。なぜなら、アナタの言葉……昔の幽吹が言ってた事にそっくりでしたから」
「幽吹様に……?」
いつも司の隣で目を光らせる、美しく気高い山の妖怪には、氷雨自身も実力のかけ離れたライバルである事を実感していた。そして、同時に尊敬さえしている。
「幽吹は、手強いですわよ。それでもというなら、ワタクシは応援しますわ。ああ……でも、恐ろしい。幽吹に知れたらワタクシが何と言われることか……」
銀竹は身震いする仕草を見せた。
「……申し訳ありません。ご迷惑をかけます」
「なんて、冗談ですわ。ワタクシの親友はそんな事で怒ったりはしません……多分……」
確信は持てない銀竹であった。
「師匠達の、そういうところ好きです」