影霊 イナノメの章 10

夜という名の世界を覆い尽くす影。その中を幽霊機関車が走る。
幽吹の質の良い陰力が混ざり合ったからだろうか、陰力の運びがいつもより円滑に行えてるような気がする。
「夜は我らの時間だ。ひがくれ号の調子も良い」
儀右衛門の纏うカラクリが、カタカタと小気味の良い音を鳴らす。
「やっぱ夜じゃねぇとな。そうだろ司」
「うん」
逢魔の呼び掛けについ頷いてしまう。いつから夜行性になったんだ俺は。
「ふふっ、だいぶ染まってきたわね」
幽吹が笑う。
昔はそれなりに規則正しい生活送ってきたので、夜空の下でこうして動く事には馴染みが無かったのだが……御影の人間として、妖怪の友人として過ごしていると夜の方が合っているんじゃないかと思ってしまう。
「でも、前が見えないって少し怖いなぁ」
ひがくれ号には、前方を照らすライトが備わっていない。操縦は儀右衛門の仕事だし、道は幽吹が整えてくれているので俺が気にする必要は無いんだけど。
「それも、そのうち慣れるわよ」
そういうものだろうか。
「儀右衛門、海岸線を走りましょう」
「座礁の蛭子を探すのだな。了解した」
幽吹の指示に応じ、吉田と桐竹に進行方向を変えさせる儀右衛門。
「蛭子はどこにいるの?」
とりあえず海岸線を目指すって感じだけど……
「あいつは、わりとどこにでもいるわ。海の近くなら」
「……?」
どこにでも?
「しかし、司くんが村に来てからというもの、ワシは刺激を受けてばかりだ。まさかこの短期間で幽吹と嵐世だけでなく、蛭子にまで再会できるとは」
このまま蛭子と出会う事が既定路線になっているかのように儀右衛門は言う。
さらに儀右衛門は続ける。
「山陰、霊雲、座礁の名が定着するまでは、不動の幽吹、天上の嵐世、来訪の蛭子などとも呼ばれていたな」
「幽吹さん、異名が多過ぎない?」
山陰、魑魅、山姫、山の神だけでなく、今度は不動か……俺の知らないだけで、まだまだありそうだ。
「私も困ってたのよ。だから、今の山陰って名前は結構気に入ってる」
山陰という名は今まで付いていた雑多な異名を一掃する程のインパクトを誇っているらしい。
「一体何をしたらそんなに名前が増えるんだよ」
少し羨ましそうに逢魔が訊く。結構憧れるよね。こういうの。
「不動って名前は、特に何もしないから付いたのよ」
なるほど確かに。もちろん高い実力が伴っているからこそだろうけど。
「あんたもその口閉じてたら、不言の逢魔って呼んであげるわ」
「フゲンの逢魔様か。なかなか悪くないな」
皮肉だと理解していないようだ。語感だけで気に入っている。教えてあげるべきだろうか……

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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