影霊 イナノメの章 8
「出発までもう少し時間あるけど、二度寝する?」
我が物顔で俺の寝ていたベッドに横になる幽吹。
二度寝だぁ? 今はちょっとそれどころではない。目がすっかり覚め、俺の鈍い頭も働き始めた。先ほどまでのやりとりを今一度思い返す。
……実に阿呆らしいやりとりだった。
「お前……意外とそういうところあるんだな」
少し抜けてるというか……今までは人間としても、妖怪としても完全無欠。何一つ敵わない存在だと思っていたんだけど……
意外な一面を垣間見てしまって、少し驚いている。
「えっ、そういうところって?」
「いや……とにかく最近の幽吹さん、俺は特に好きだよ」
まぁ、ギャップ萌えって奴かも知れんけど。
「……そう? なら、もっと素を出した方がいいかしら」
「え? 昔のは素じゃなかったの?」
「少なくとも人間の世界にいたときはね。一生懸命、頼り甲斐のある先輩を演じてたから」
頼り甲斐は……どうだろう。意地の悪い変な先輩って認識だったんだけど。失敗してるよね。その演技。
「……どうして最近はその演技やめたの?」
「妖怪としての力を使ってると、どうしても演技する余裕が無くなるのよね」
「なるほど……じゃあ、今後はあまり無理しなくていいよ。あ、でもいつもそんな感じだと俺の調子まで狂うから、気を引き締めるところは、引き締めてもらって」
「どんな注文よそれ……まぁ、司がそう言うなら、しばらく演技はやめてみるわね」
唯一の友人なだけあって、昔から幽吹の事は信頼していたが、妖怪だと明らかにされ、面倒な事に巻き込まれたせいでその信頼が若干揺らいでいた。
だが、先日の幽吹の言葉を聞き、まさに今目の当たりにした一面もあって、幽吹に対する信頼は完全に復活し、磐石なものにさえなりつつある。
「でも、今みたいに司と私、二人きりだから素を出せるのよ。他の連中がいるときは、自然と演技しちゃう」
「え? 俺だけなの?」
「そうね。あとは銀竹と、嵐世くらいかしら。私の素が出せるのは」
なるほど。少なくとも俺は、幽吹にとって銀竹や嵐世に並ぶほどの存在になってるって事か。それは少し嬉しい。
「ところで……陰力はどう? 回復した?」
そうだった。俺がこうやって休んでいるのは、陰力を回復させるためだ。
「……正直、あんまり」
一晩寝ればだいたい回復するんだけど、寝たのは夜じゃないし……睡眠時間もあまり取れてないし……
「なら、私が力を分けてあげる」
「……? どうやって?」
「こうやって」
幽吹は上半身を起き上がらせると、両の手を横に大きく広げた。
何のポーズだそれは。
「ほら、良いのよ。思いっきり飛び込んできて」
その大きな胸を張る。
もしかすると……ハグを求めるポーズなのか。
「えっ、意味が分からない」
柔らかそうなそこに、飛び込めと申すか。何のために。
「いいから」
躊躇う俺を見かねたのか、逆に幽吹が俺にしがみ付いてきた。
「むぎゅう」
柔らかいけど、苦しい。
「……はぁ。落ち着くわね」
俺は苦しい。抱き締める力が強過ぎる。
「幽吹さん……もう、少し……力を抑えて……」
「あ、ごめんなさい。つい」
やっと、楽になった。
人間と妖怪、力の差を考えてくれ。下手すりゃ圧死してたよ。