影霊 九の章 19

「ほほほ。司め、百発百中の完封負けだけは防いだか」
酒を片手に観戦を楽しむ河童の大将、河凪。
その周りには、副将の沢虎、滝霊王、川姫がいる。
「楽しそうだね長老。でも己等はつまんないよ。もう月夜の勝ちに決まってるじゃん」
大柄な河童、沢虎は興味を失っていた。
「はぁ……幽吹さんがいれば、まだ分からなかったんですけどね……」
「そういえばお主は、幽吹が村に戻る事を喜んでおったな」
ため息を吐く川姫に、河凪が言った。
「はい。昔、すごく良くしてもらって……やっと村に戻ってくれたと思ってたのに……」
司が負ければ、村から司が去ってしまうかも知れない。そうなれば、幽吹も同様に村から姿を消すだろう。それを川姫は哀しんだ。
「お主が司を援護するのは構わんが、今の戦況では焼け石に水じゃな」
「……はい」

初瀬村の空を旋回する、4組の翼。
天狗の大将飛禄、副将夜天、松明丸、古杣である。
「この選挙、月夜の勝ちですね。誰も票は投じていませんが」
火の鳥、松明丸が言った。天狗の形をした霊体、古杣が頷く。
「……ここまで前評判通りとは、見るまでもありせんでしたね」
夜天が飛禄に囁く。
「……いや、そうでもない」
飛禄は地上を注視し続けていた。
夜天は飛禄の視線を追う。
「……?」
司と月夜が相対している屋敷の前では無く、村の外に目を向けている事に夜天は疑問を感じる。
「あれは……?」
夜天は村に迫る黒い稲光を見た。

屋敷の前、俺は相変わらず母の作り出した影の沼から抜け出せずにいた。
これでも抜け出そうと頑張っているんだけど……無理。
「崎姫」
「はい」
俺を守ってくれていた塗壁が、崎さんの白い炎によって倒され、姿を消してしまった。
「ああっ、塗壁!」
残り1回しか塗壁は召喚できない。
そして俺はあと8回矢を受けたら負けである。そういう条件だ。
「くっそ……」
これはもう、残していた切り札を使うしかないのか……?
だがあれは、弁慶がいる条件下で使わなければ勝利には繋がらない。そう計算していた。
でも……母に一泡吹かせる事くらいは出来るか。
「……この霊力……ようやく来ましたか」
「え?」
崎さんが呟いた。俺はまだ何もしていない。崎さんは何を感じ取ったのだろう。
母や崎さん、市おばさんが目を向ける方向は、村の外……
「あれって……」
俺にも見えた。黒い閃光だ。凄い速さでこちらに向かってきている。
あの色の雷……見覚えがある。
「八房!?」
地面と平行に飛んで来ていた閃光は一度大きく上昇し……
雷鳴を轟かせて俺と母の間に落ちた。
土煙が上がって視界が失われる。
「今度は何とか間に合ったな……」
土煙が晴れ、中から現れたのは、黒い大きなイヌ、八房と……
「ちょっと……何でいきなりこんな所に落ちるのよ。途中で降ろしてって言ったじゃない」
幽吹だった。

#小説 #九の章

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