影霊 イナノメの章 11

再出発してから二時間ほど経っただろうか。ひがくれ号は砂浜を走っていた。
いい加減目も慣れたので、車窓から海を眺める。
水平線上にチラホラと灯りが見えるが……あれは、船の灯りだろうか、それとも霊的存在だろうか……逢魔に教えて貰おう。
「あれは霊だな。それも戦で死んだ人間の」
大きく距離が離れているというのに、そこまで分かるのか。
「適当言ってるんじゃないでしょうね」
幽吹は疑る。
「俺様は嘘をつかねぇ」
そこが逢魔の良いところだ。他人の嘘もある程度見抜く事ができる。本当にある程度なのがもどかしくもある。
「ま、それが本当だとしたら、あれも一種の【古戦場火】よね」
古戦場火。コセンジョウビ。昔の戦場で死んだ人間の霊が集まり、怪火となったものだ。
古戦場と聞けば、大昔の武将同士が戦った場なんかを思い浮かべるが……そうか、海の上でも大きな戦は繰り広げられて、それも随分と昔の事になりつつあるんだな。
「妖怪達や、御影の人間はどうしてたの? 人間同士の大きな戦いがあった時は」
幽吹に聞いてみる。
「村の妖怪や御影は、基本的に人間同士の戦いには関与しないわ。それが村長である綾乃の方針。村の外の妖怪や霊達は……いろいろね。一方の味方をする者もいれば、混乱に乗じて見境なく暴れまわる者もいる」
「お前はどっちだったんだ?」
逢魔が訊く。
村の中の妖怪か、外の妖怪か。外の妖怪だとしたら、どうしていたのか。
「あんたこそどっちよ」
「俺様は昔の事は何も覚えてねぇ。それに、ずっと村で綾乃に封印されてたからな」
「狡いわね」
「何も狡くねぇよ!」
「惨めね」
「ぐっ、それは否定できねぇ……」
幽吹と逢魔が言い争っている。
何も覚えていないとは言うが……逢魔は何かと好戦的だ。綾乃に封印されるきっかけも、霊の大軍を率いて日隠村に挑んだ事によるものらしいし……なんとなく逢魔の行動は想像できる。
幽吹は、どうしていたのだろうか……彼女もそれなりに好戦的なところはあるが……
「司くん、昔の幽吹の事が気になるか?」
儀右衛門が見事俺の考えを言い当ててきた。
俺は小さく頷く。
「かつての異名、不動が表している通り、昔の幽吹はなかなか動じなかった。人間同士の戦いなど、興味が無かったのだろうな」
「へぇ……」
「だからこそ今、君のために動く幽吹を見てワシは驚いている。そして……一度動けばあの者は凄いぞ。いわゆるかりすま性というものなんだろうな……」
「ちょっとそこのガラクタ! 何コソコソ話してるのよ!」
俺と儀右衛門が話していることに、幽吹が気付いた。
「すまん、すまんって」
胸ぐらを掴まれ、平謝りする車掌。おかしな絵面だ。
「儀右衛門って、結構他の妖怪に関して詳しいんだね」
幽吹から許しを貰い、服装を整えている儀右衛門に言う。
幽吹だけじゃない。嵐世や蛭子の事もよく知ってるみたいだし。
「妖怪の中でも永く生きている方だからな。日隠村一筋だが、村の外への興味も強い」
万物の神、人工物の妖怪である儀右衛門は、多くの人間と同様に旺盛な知識欲があるようだ。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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