影霊 ガリョウの章 2

「往きとは打って変わって、賑やかになったもんだね。熱気は無いけど」
「そうだな」
儀右衛門が嬉しそうに頷く。
ひがくれ号には銀竹に仕える雪女達が数多く乗っている。そのせいで車内がやたら涼しい。だから俺は機関室に逃げてきた。ここなら暖かい。火室に逢魔の鎖が放り込まれ、高熱を発しているからだ。
「……司様。騒がしかったでしょうか?」
後を追ってきた雪女の氷雨が申し訳無さそうに尋ねた。
確かにひがくれ号に乗った雪女達は楽しげに言葉を交わしていて、静かとは言えない。だが、やかましいものでも無い。ひがくれ号を楽しんでくれるのは、俺にとっても喜ばしいことだ。
「大丈夫だよ。ありがとね氷雨ちゃん」
俺が客車から逃げてきた理由は、肌寒かったから。少し着込んだらいいだけだ。そうしよう。
「いえ、何でも仰って下さいね」
そう言って微笑むと、そのまま俺の顔を見つめてくる氷雨……この青い瞳も、また不思議な魅力を感じてしまう。
「……ここにいたら暑いでしょ? 客車に戻ろうか」
白く透き通るような美しい肌に、汗が浮かぶのが見えた。雪女にはつらい環境かも知れない。
「……大丈夫です。司様となら、いくらでも我慢できます」
「そ、そう? 無理しなくてもいいけど……」
「いや戻った方が良い。何も逢魔くんの熱で溶けるつもりは無いのだろう?」
儀右衛門のカラクリがカカと音を立てる。笑っているかのようだ。
「あ、そうですね……逢魔様も、とても良いお方ですけど……」
失礼します、と氷雨は一つ小さくお辞儀をして客車に戻っていった。
ここ数日、彼女の言動を見聞きしていると、一つ思うところがある。自意識過剰、自惚れって奴かもしれないが……
「ねぇ儀右衛門、もしかして氷雨ちゃんって……」
俺を慕ってくれている?
「……雪女は、惚れっぽいところがあるらしいからな」
儀右衛門は俺の考えを否定しなかった。
「そうなんだ……」
悪い気はしないが、心配になる点がある。幽吹の存在だ。
幽吹もまた俺に想いを寄せてくれている妖怪である。そして俺も、幽吹の気持ちには応えたいと思う。
……果たして俺に、二人もの妖怪の想いを背負い切る事ができるのだろうか。そもそもそれは許されるのだろうか。
なにより、幽吹はどう思う? この事を知ったら氷雨ちゃんの事を消し去ってはしまわないだろうか。それが一番怖い。
「怖じ気付いているのか? それではいけないな。全てを受け入れる、そんな器量を見せたまえ」
俺が怖じ気付いてる理由は、少しズレてるけど……
「全てを受け入れるなんて、できるのかな」
「現実的には難しいだろうが、それを心掛けるのと、そうでないとでは随分と違うぞ。自分で早々に限界を決めるべきではない」
「そうだね」
良い言葉を聞いた。
「御影の人間を求める妖怪は多いからな。求める理由や程度は様々、中には御影の人間の肉を喰らえば、その陰力や陰術を我が物に出来るといった迷信を信じるものまでいる始末だ。そういった連中には気をつけるべきだな」
「マジかぁ……」
仇なす者だとしても、アラサラウスのように、素直に敵意を剥き出しにしてくる者ばかりじゃないということか。あまり油断していられないかも。

#小説 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章

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