影霊 イナノメの章 3

「幽吹、ここからは山を走りたい。少し力を貸してくれ」
先頭車両で操縦をしていた儀右衛門が、客車に顔を出して幽吹を呼んだ。
今までは人通りの無い道や田、草原の上にレールを敷いて走っていたが、街に近付くにつれてひがくれ号の走れるスペースが無くなってきたようだ。
こうなれば、山道を走らせる他は無い。幽吹の出番というわけか。具体的に何をするのかは分かんないけど。
「いいわよ」
幽吹が立ち上がる。
「ほら、司も」
「え、俺も?」
何をしろと言うのか。
レールの調整は儀右衛門と、ツキヒの武器であり付喪神でもある吉田・桐竹に任せている。俺がやる事は陰力の供給くらいだ。
「いいから」
別に何かをしなければならないわけでは無いらしい。
手を引かれ、俺も儀右衛門が待つ先頭車両に連れて行かれた。逢魔も付いてくる。
「頼むぞ」
前方の窓を覗く儀右衛門。
ひがくれ号は、林の中を突っ切ろうとしている。このままでは木や根っこにぶつかって脱線してしまうだろう。
「道を開ければいいのよね」
幽吹がそう言った途端、前方が一気に開け、丁度機関車が通れるほどの道が出来た。地面もなだらかになっている。
「お? 今、何したんだ?」
俺と同じく状況が掴めていない逢魔。
「木や大地に働きかけて、少し道を開けて貰ってるだけよ。この列車が通り過ぎればすぐに元通り」
「そんな事できるんだ」
「まぁね。大したことじゃないけど」
「山の神である幽吹だからこそ成せる技だな」
万物の神である儀右衛門が言う。
「神だなんて、そこまで大層なものじゃないって。植物や大地の説得が少し出来るってだけ、あんまり無理なお願いだと無視されるし」
つまり……儀右衛門が物を操る事と同じような理屈なんだろうか。儀右衛門の武器も勝手に暴発したり、目を離すとどこかに行ってしまったりもする。
「これでもう安心だ。人里の近くを走っても良かったが、人間や自動車にぶつかる危険があるからな。逢魔くん、そろそろすぴーどを上げよう。君の出番だ」
「おうよ」
火室に自ら入る逢魔。
幽霊機関車は石炭で走らせるには効率が悪い。霊力を燃料にして動いているからだ。だから、逢魔の霊力由来の熱ならば無駄なくスピードを出す事ができる。
「ぶつかったらどうなるの? 人身事故になる?」
俺は儀右衛門に質問する。
「ひがくれ号が霊力を消費すれば、霊力をほとんど持たない人間や、他の列車、自動車などの障害物をすり抜ける事も出来る。だが、やはりこれだけの大きさになると霊力の消費が大きいからな。あまりその手は使いたく無い」
なるほど、幽霊機関車と呼ばれているだけあって幽霊のような特性を持っているんだ。
「じゃあ、仮に何かをすり抜けたとして、中に乗ってる俺は?」
車をすり抜けたとしても、中にいる者にはぶつかるんじゃないか。俺は逢魔のように物をすり抜ける事は出来ない。
「……ぶつかるな。司くんだけでなく、ワシや幽吹もだ。ひがくれ号の霊力が及ぶ範囲はひがくれ号が車体の一部だと認識している部分に限られる。いや、もちろん極力ぶつからないよう運転するわけだが」
乗員は自らその身を守らなければならないのか……いや、さらに言えば、貨物なんかも犠牲になるって事じゃないのか?
その旨を尋ねてみると、どうやら貨物車に載せてある物に限っては、ひがくれ号の車体の一部として認識してくれるらしい。なら車掌や客車に乗ってる乗客もそう認識しろと思うが、そこまで単純にはいかないんだそうだ。霊力の消費量の問題だろうか……
「心配は要らないわ。司は私が守ってあげるから」
「ありがとう幽吹」
意地は悪いが、面倒見は良い幽吹。
人間の世界にいた時は、俺にとって剣道の先輩であり、唯一の友人といった関係だった。
そして今、妖怪の世界での幽吹は、何かと俺のために妖怪としての実力を遺憾無く発揮しようとしてくれている。母との戦いを通して、それは明らかになった。
どうしてここまでしてくれるのだろう。
俺が御影家の人間だからだろうか。何にしても、俺はもっとこの美しい少女の姿をした妖怪に感謝しなければならない。
それ以外に、俺に何が出来るだろうか。幽吹は俺に何を求めているのだろう。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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