影霊 イナノメの章 13
「ねぇどうするの幽吹さん、蛭子に協力してもらうんじゃ無かったの?」
協力の依頼をするどころか、轢き逃げしてる状況だ。
まさかまた気に入らない妖怪だからといってボコろうとしたとか? いや、それなら儀右衛門が止めるはずだ。
なら、一体何故……
「でも、あんなところに打ち上がってる方も悪いわよね?」
責任転嫁を始める幽吹。
「それを言ったらこんなところ走ってる俺たちも悪いよ!?」
まさか砂浜を機関車が走ってくるとは思わないだろう。
「そうね。だからお互い様ってことで」
轢き逃げしてるんですけど……
「まぁ、相手は妖怪だから。大したことないわよ」
「でも死にかけの老人だって……」
「見た目はね。あ、やっと帰ってきたわ」
儀右衛門がお茶と筆を手に機関室に帰ってきた。逃げ隠れていた筆も見つかったようだ。
「待たせてしまったな」
「それじゃ、私達も戻りましょう」
車掌に轢き逃げした事なんて一切話さず、幽吹は客車に戻ろうとする。
この後一体どうするんだろう……
そう思いながら幽吹の後を追い、客車に戻ると……
「いやぁ久しぶりじゃの山姫。君が海に近付いてくるなんて珍しい」
後頭部が異様に大きな見知らぬ老人が、座席に座ってお茶を啜っていた。
え、誰? いつの間に。
「司と一緒だからね」
この老人がここに居ることを知っていたかのように応じる幽吹。そういえば……湯呑みが一つ余っていたな。その湯呑みを今、老人は手にしているんだ。
「おお。彼が今度の御影、司くんか」
皺くちゃの、優しそうな目を向けてくる老人。
「幽吹、もしかしてこの人が……」
「ええ、座礁の蛭子よ」
どういう事なんだろう。理解が追い付かない。
轢かれたはずの妖怪が、轢いたはずのひがくれ号に乗り込んで、当然のようにお茶を手にくつろいでいる。
「儂はぬらりひょんの蛭子。座礁の蛭子などとも呼ばれたりしとるな」
自己紹介を始める蛭子。
「あの……さっき、轢かれてたよね」
ここまで轢くという言葉を使う日も、なかなか無いだろう。
「うむ、轢かれたのう。じゃが安心せい、ほれ」
「うわっ」
蛭子の大きな後頭部が青白く光り、半透明になっていく……
ブヨブヨしてそうな塊と化した後頭部の中には、青い管が走り、液体が流動している。
「儂はこの通り、液状化する事が出来る。轢かれた拍子に液状化し、この機関車に乗り込んでみたというわけじゃな」
半透明となったこのぬらりひょんの姿……何となく見覚えがある。
そうだ。クラゲだ。それも猛毒を持っているとされる種類の……
「ぬらりひょんは、人や建物に取り憑く習性もあるのよね。これは蒸気機関車だけど。だから、あまり海の妖怪とは認識されてないの」
幽吹が解説してくれる。
「海の側であれば、儂はどこにでも行ける。海水と一体化してな」
どこにでもいるとはそういう意味だったのか。なるほど。
「幽霊機関車がこうして走っているのは珍しいからのう。つい打ち上がってしまった。せっかくじゃ、しばらくご一緒させて貰うよ」
つまり、蛭子は自らひがくれ号に轢かれたというわけか。
座礁の蛭子を探すという目標はこうして達成され、ひがくれ号の乗員が一人増えた。