影霊 イナノメの章 15

妖怪ぬらりひょん。座礁の蛭子の霊力により、海を切り開く事が可能となった。
「うう。脱線したらひとたまりもないなぁ。緊張する」
蛭子によって鎮められた波一つ無い海面。そこに敷かれる影の線路だが、何かの拍子で脱線したりしないだろうか。今は夜なので、日中よりはリスクも少ないけど……
「もし脱線しても儂がこの機関車を受け止め、そのまま運んで差し上げよう。心配は要らんよ」
蛭子はニコニコと笑う。海の神は非常に温厚だ。ただ、幽吹や嵐世と同様に隠された顔がある事は容易に想像出来る。
自然は怖い。
「……こうして海の上を走るのは初めてね。私、船に乗ったことがないの。普段は銀竹や嵐世の力を借りて、空を飛んでたから」
そう言う幽吹は今、俺の隣に座り、肩を寄せて来ている。
「幽吹さん、さっきから近くない?」
悪い気はしないけど……
「海は私にとって苦手な場所なの。それでもここに居られるのは、司の影響下にあるから。だから、少しでも近くにいたくて……」
そうか。山から一番遠い場所って、海なのかも。それも今は完全に陸地から切り離された海の上にいるわけだし。
普段来ることのない場所に来ていることもあって、不安になっているのかもしれない。
「つまり幽吹、お前を倒そうと思ったら、海に沈めたらいいわけだな。ケケッ、弱点見つけたぜ」
逢魔が嬉しそうに笑う。
「沈めるのは悪手じゃな。海と山の境である海底よりも、海と天の境である海上の方が、山姫は苦手としておる」
蛭子が逢魔に助言する。
「ちょっと……人の弱点教えないでくれる?」
幽吹はいつもよりも静かに文句を付けた。
しおらしい幽吹も可愛らしい……とは残念ながら今は思えない。だって、俺も不安だもの。
「司くん。君の陰術が見てみたいのう。海を渡りきったら見せて貰えんか?」
蛭子が頼んできた。
「もちろんいいよ。でも、あまり期待しないでね。大したこと無いと思うから……」
どういうわけか俺の陰術は、自分の想像した動物や生物をそのまま影で具現化する能力に特化している。
いや、特化と言えば聞こえが良くなるな……正直に言おう、殆どそれしか出来ないのだ。
「芸術点は高いわよ」
うん、幽吹の言う通り芸術点だけは高いかも知れない。
「それは楽しみじゃな」
「だから期待しないでって」

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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