影霊 イナノメの章 21
「ここで話し合ってても時間の無駄だよね。銀竹ちゃん、急いだ方がいいんじゃないの?」
言葉に詰まる銀竹を助けるかのように口を挟む嵐世。
「……そうですわね。ワタクシ、行って参ります」
銀竹は身を翻し、周囲の雪女達に指示を出しながら飛んで行った。
「……嵐世、あんたも行ってやってよ。お願いだから」
「幽吹ちゃんが行くなら行くけど」
「いい加減にしなさい。流石に怒るわよ」
「幽吹ちゃんだって、銀竹ちゃんの事見捨てるの?」
「そうしたく無いからあんたに頼んでるんでしょうが」
「ごちゃごちゃ言ってねーで、お前ら二人で行けば良いだろ。そうだ、代わりに俺様が行ってやろうか?」
無謀にも、山陰と霊雲の言い争いに飛び込む逢魔。
「あんたは黙ってなさい」
案の定一蹴される。
さて、ここは俺も逢魔に倣って飛び込んでみるか……
「幽吹。ここに来たのは、銀竹にお礼を言うためだったよね。なら、銀竹が困ってる今こそ手を差し伸べてあげるべきだと思うんだけど」
「司くんもそう思うよね! ほら! 幽吹ちゃん!」
嵐世が俺の言葉に乗っかる。
「でも、司……」
いつもの自信に満ち溢れた眼差しが、今の幽吹からは見られない。何かに怯えているかのようだ。
「大丈夫。銀竹を助けてあげて」
幽吹が怯え、動けない原因。俺には何となく察しが付いている。だからこそ、俺が背中を押す必要がある。
「……わかったわ司。戻ったら全部話すから……ありがとう」
動いてくれるようだ。良かった。
「やった! 早く行こう幽吹ちゃん!」
嵐世が飛び上がる。そんなに嬉しいのかお前は。
「休暇どころじゃなくなったわね。逢魔、儀右衛門。司を頼んだわよ」
微笑みを浮かべながら、偉そうに指図をする幽吹。
少しだけ、自信を取り戻したようだ。
「俺様に任せとけ」
「うむ。行ってきたまえ」
幽吹は嵐世の雲に乗り、銀竹を追った。
今後の事が、少し思いやられるが……これで良かったと思う。
俺は妖怪の友人を貫く。
「司様、氷雨です。銀竹様よりこの里の案内を申し付けられました。よろしくお願いしますね」
「うん。よろしくね」
銀竹の一番弟子、氷雨は隠れ里に残った。幽吹と嵐世が加勢したので、これ以上の戦力は必要無いと判断したのだろう。いざとなれば銀竹が召喚する事もできるし。
「あと、せめて司さんでお願い」
氷雨の癖なのかもしれないが、様付けなんて慣れない。
「分かりました。司さん」
「俺様は逢魔様でいいぜ」
俺と逢魔は、氷雨に里を案内して貰う。儀右衛門はひがくれ号の整備だ。
「あっ、ここが温泉だね」
湯煙の上がる大きな泉が里の外れにあった。大露天風呂だ。
「はい。普段は増え過ぎた雪を溶かす事にしか使われていないんですけどね」
勿体無いけど、雪女にとってはその程度の価値しか無いんだろう。
「お入りになりますか?」
「いや、今はいいや」
一番楽しみにしていた幽吹を差し置いて、のんびり湯に浸かるわけにはいかない。
それより、今はやらないといけない事がある。
「逢魔。大猩々の改良をしたいんだけど、手伝ってくれる?」
「おう。相手になってやるぜ」