影従の霊鬼夜行 ガリョウの章 1

車掌である塵塚怪王、儀右衛門のカラクリ人形が修復を終え、司達の乗る幽霊機関車ひがくれ号は雪女の隠れ里を出発した。
「ね〜、幽吹ちゃん。ちょっといい?」
「なに?」
天逆毎の嵐世は寝台車両の一室に幽吹を招き入れた。
「この後どうするの? 銀竹ちゃん達も乗せてるし、このまま百鬼夜行の集会?」
ベッドに腰掛けて質問する嵐世。幽吹も隣に座って応じる。
「ひとまず司と一緒に村に戻るわ。いい加減帰らないとね」
月夜から認められた休暇を引き延ばすのにも限界が近い。
また、イナノメ軍との接触を綾乃に報告するべきだと考えた。
「そっか、そのあと集会だね。司くんは村に置いて行くの?」
「まぁ、それは綾乃と月夜に相談するわよ」
「連れていこうよ。その方が楽しいでしょ?」
「楽しさや嬉しさよりも、不安や心配が勝るのよ今の私は。百鬼夜行の連中全てが信用できるわけじゃないから。その点村は安心できる」
『御影家の人間』という肩書きが通用する保証があるのは日隠村の中だけである。アラサラウスが引き起こした事件が良い例であった。
「そうかな? 鬼玄とか怪しいよ色々」
「否定はしないけど、綾乃や月夜、河凪がいるから大丈夫よ」
「正直、月夜がいるんだから司くんは村に必要無いよね」
「まぁね。でも、今の司には村が必要よ。陰術の基礎を月夜から学ばないといけないし、村の妖怪とも交流を深めなくちゃ……村の外の妖怪ばかりと馴れ合ってちゃダメ」
「でも、それって逆にすごいよね。今までの御影に似たような例があったかな?」
「どうかしら。あまり御影の人間には詳しく無かったから」
「まともに話したの、司くんが初めてでしょ」
「そうかも。喧嘩売った奴はいるけど」
「あえてさ、村とは徹底的に関わらない御影がいてもいいんじゃないの? 綾乃も認めてくれるかも。新しい試みだって」
日隠村から司を連れ出し、御影の人間の宿命から自由にしてやる。それ自体は以前幽吹が目指していたものの一つであった。
だが……
「いろいろと遅いのよ。御影選挙は終わっちゃったし、イナノメ軍が動き出した今、これ以上敵を増やしたく無いの」
人間だけでなく、多くの村の妖怪さえ敵に回しかねない選択。
そして何より、幽吹は司の意思を尊重したかった。彼は御影の人間の宿命を母親に肩代わりしてもらう事を良しとはしない。
「幽吹ちゃんなら出来るって。そういうの、好きでしょ?」
「好きだけど、あの子を殺したくは無いわ」
自分一人では、司を守りきれない。それは理解していた。
「生かさず殺さずって事だよね。相変わらず歪んでるな〜……じゃあ、私も協力してあげようか? 私がいたら、何とかなるでしょ。なんてったって、山陰と霊雲だもん」
そう言って嵐世は柔らかな笑みを浮かべる。
「……そこまでしてくれるの? 珍しいわね」
天邪鬼の長、天逆毎に何か協力を仰ぐ時……話は持ち出しても、頼み込んではならない。天逆毎に興味を持たせ、天逆毎自ら協力を申し出てくるのを待つべきである。その事は幽吹も良く知っていた。
だからといって、決して幽吹は嵐世が申し出てくるよう誘導したわけではない。全く予想外の提案であった。なぜなら、嵐世は筋金入りの面倒くさがり屋。他人のために働く事は避けたがる。子分である天邪鬼達も普段は放任しており、まともに長の務めを果たしているとは言えない。ただ天邪鬼達にも大きな不満は無いので、良い関係性を保ててはいるが。
「だって幽吹ちゃん、これでますます悩むでしょ? それがまた良いんだよね〜」
幽吹の悩み迷い怒る姿を見ることが何よりも楽しいのであった。そのためには面倒を惜しまない。
「それが目的か。あんたも相変わらず捻くれてるわね。このっ」
「幽吹ちゃん痛い痛い」
嵐世の柔らかな頰を両の手でつまみ、押し込んだり、引っ張ったりする。
怒りと愛情を込めたじゃれつき。
からかわれているのは確かだが、嵐世の提案によって選択肢が増える事にも変わりない。幽吹はありがたいと思った。

#小説 #影従の霊鬼夜行 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章 #妖怪 #ファンタジー小説 #長編小説 #連載小説 #オリジナル小説

いいなと思ったら応援しよう!