影霊 休の章 2

俺にとって幽吹という女性は、異常性を秘めたサディスト、非常に意地の悪い剣道の先輩、という認識であった。
しかし、妖怪としての山陰の幽吹は、四獣神や四候という強大な力を持つ妖怪達をまとめ上げ、自分勝手な天逆毎の嵐世を村に呼び戻し、鬼の大将や天狗の大将と対等に渡り合う存在である。
幽吹は一体、何者なんだろうか。
綾乃に訊いてみる。
「彼女は自分の事を魑魅の幽吹だって名乗ってるけど……異名は多いわ。山姫、山神、山陰……その中で最も多くの妖怪に知られているのが山陰ね。この名を付けたのは、私の古い友人なの」
「もしかして、四獣神に村の妖怪の監視を命じたっていう……?」
「そう。彼は昔、当時初瀬村の外にいた力有る妖怪達に試練を与えた。その試練に打ち勝ったのは、僅か三人の妖怪。彼は証として、三人の妖怪に名前を与えた……《山陰》《霊雲》《座礁》という名前をね」
山陰は、幽吹の通り名。そして霊雲は、天逆毎の長、天逆毎の嵐世の通り名らしい。
「四獣神が幽吹の声に応えたのは、四獣神の上に立つ人の試練に打ち勝った山陰だから。嵐世が幽吹の言うことをそれなりに聞くのは、同じ試練をこなした仲間という意識があるからなのよ」
なるほど……つまり幽吹は、すごい妖怪らしい。同じく嵐世も。
「私が四獣神や嵐世に呼びかけても、きっと取り合ってくれないのよね、悲しいことに」
圧倒的に信用が足りない。
「かっこいいよね通り名って、ぼくも何か欲しいなぁ」
「鎌鼬の長ってだけで充分だろ」
そう言いながら起きてきたのは風尾と逢魔だった。
「昨夜はごめんね司。最後の方は役に立たなくて」
風尾はそう言うが、圧倒的に数的不利な中、天狗と戦い続けた事は風曹から聞いている。
そんな事は無いと風尾を励まし、礼を述べる。
「俺様も役に立ったろ?」
「まぁね」
逢魔の活躍も大きかった。逢魔が呼んだ数多くの霊は、鬼や天狗を翻弄したはずだ。
鬼玄を閉じ込めた牢も、俺の影牢だけでは効果が不十分だったかもしれない。
「そう言えば綾乃。お前、司が鬼玄に殴られそうだったって事知ってるのか? すっげぇ危なかったんだぜ」
逢魔が綾乃に訊く。
「鬼然の治療に忙しかったけど、ちゃんと見てたわよ」
見てたんだ。
ならば、と逢魔が続ける。
「それを見て見ぬ振りのつもりだったのか?」
綾乃はゆっくりと首を横に振った。
「私だって、司が死んだら困るもの。本当に殴られる寸前になったら、止めるつもりだったわ。でもね、私が手を出した瞬間、昨夜の戦は正当なものでは無くなるのよ」
村長である綾乃は、村の中では中立でなければならない。手を出したくてもそう簡単には出せない事情があったわけか。
「あ、でも鬼玄の使った『雷電』は村に住む者には使ってはいけないっていう掟があるみたいだから、微妙なところだけどね。それでも後腐れ無く終わったのは、司が自分で対処してくれたお陰」
「ふん、なら良いんだ。見て見ぬ振りなら殴ってやろうと思ってたぜ」
逢魔もほんの少しは綾乃の事を見直したみたいだった。

#小説 #休の章

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