影霊 キの章 9
屋敷の庭で、綾乃は誰かと話をしていた。
「あら、おかえり」
俺たちの姿を見た綾乃が言う。
「……では、私はこれで失礼する」
庭にいた女は、背中の黒い翼を伸ばして飛んで行ってしまった。天狗だ。
「誰? 今の」
「天狗の副将、夜天よ。天狗の諜報部隊長もやってるから、私も情報貰ってるの」
「仲悪かったはずじゃ」
「村の外の事情に関しては別ね」
果たしてどんな情報だったのだろう。
情報といえば、最近の村の外の情勢を俺は知らない。屋敷にはテレビさえ無いのだ。完全に現代の情報社会から遮断されている。
まぁいいか。
「俺は風呂入るから」
風呂に向かう。
「あっ、じゃあぼくも。シャンプーしてよシャンプー」
「動物用じゃないんだけど大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
風尾が付いてくる。風尾も煙幕を浴びて白い毛並みが黒くなっている。
「お前はそこの池で洗ってろよ」
逢魔が庭の池を指差した。
池の水は絶えず水が循環しており、結構綺麗だけど……
「逢魔と一緒にしないでよ。ぼくの毛並みはデリケートなんだから」
風尾は腹を立てながら風呂場に飛んで行った。
「シャンプーとか、デリケートとか、よく知ってるね」
俺が風呂に入るのは後回し、まずは風尾の体を洗おう。
桶にお湯を注ぎ、そこに風尾を入れて揉み込む。
「昔少し人間の世界を勉強したからね」
風尾は気持ち良さそうに目を細めながら言った。
「へぇ」
カタカナの言葉は儀右衛門が多用しているが、彼の言い方は非常にぎこちなくなっている。無理して言ってる感がすごい。
風尾をシャンプーの泡で洗った後は、お湯ですすぎ、タオルで水気を取って終了だ。
「ありがとう。これですっきりしたよ」
風尾は風を吹かせて、さらに毛を乾かす。綺麗な毛並みが靡く。
さて、風尾を洗った後は俺の番だ。脱衣所で汚れた服を脱ぐ……
「そ、それじゃぼくは綾乃に手紙を書いてもらうから」
「ああ、うん。よろしくね」
風尾はそそくさと出て行ってしまった。この場から逃げるように。
そう言えば、風尾は自分の事を「ぼく」と呼んでいるが……男の子なのか女の子なのかよく分からない。声は女の子っぽいかな……
でも女の子なら、俺に体を洗わせたりしないか。
そんな事を考えながら俺はシャワーを浴びた。
綾乃の部屋
「司と一緒にお風呂入ったの? いいわねー」
村長のオフィスに入ってきた風尾に綾乃が言う。
「ぼくだけ先に洗って貰っただけだよ」
「可愛らしい獣ならではのアドバンテージを最大限利用しちゃってー、羨ましいわー」
「何拗ねてんのさ。大人気ない」
「……で、幽吹に手紙を書けば良いのね?」
綾乃は苦笑いしながら紙と筆を用意する。
「うん。だってそろそろ帰ってきて貰わないと、でしょ?」
風尾が同意を求めるように言うと、綾乃は頷いた。
「そうね。私からもそう書いておくわ。あなたからは?」
「……それじゃ、丁度さっきあった事を少し暈して……」
綾乃が筆をとってすらすらと文字を綴る。
「ふふ、確かにこれなら飛んで帰って来そうね」
綾乃と風尾が笑いあった。