影霊 九余半の章 8
「それじゃ、御影選挙……もとい模擬戦の終わりを祝して、かんぱーい」
綾乃が乾杯の音頭を取り、宴会が始まった。模擬戦の関係者以外では、水臣とシナツも加わっている。
「司くん、少し手を貸してくれんか」
「何?」
儀右衛門に呼ばれる。
「この筆に、酒を浸して……ワシの本体である匣に塗ってくれるか?」
儀右衛門はからくり人形に着せた和服をはだけさせ、胴体に填まった匣を露わにした。
「ここに塗れば、儀右衛門も酒を飲んだ事になるの?」
「気持ち的には」
筆を受け取り、ぺたぺたと酒を匣に塗ってやる。
おや、背後に誰かの気配が……
「それくらい、自分でやりなさいよ。要介護老人じゃあるまいし」
酒を片手に幽吹が立っていた。
「いやしかし、こうして誰かが服を避けておかないとだな……」
邪魔だよね。
「もう全部脱げば良いでしょ、からくりが剥き出しになっていようと、誰も気にしないわよ!」
……まぁ、それもそうだ。
「む、そうか……ワシ的には少し恥ずかしいのだが……」
恥じらうな気持ち悪い。
幽吹も今のセリフにイラっときたのか、俺が持つ筆を取り上げると儀右衛門に投げ付けた。酷い事するなぁ。
「そうだ儀右衛門、あの幽霊機関車って司がいないと動かせないの?」
からくり人形に着せていた服を脱ぎ、自分で匣に酒を塗り始めた儀右衛門に幽吹が尋ねる。
「線路を引く必要があるからな。月夜にも出来るかもしれんが」
「ふーん……なら司と一緒に、あれに乗ってどこかに出かけてもいいわよね」
問いかけではなく、確認。
「ワシの同乗が条件になるが、それで良いなら好きに使ってくれ。元より日本中を走らせることが目的であったからな」
儀右衛門は許可をくれた。
「どこか行くの?」
俺は満足気に酒を飲み進める幽吹に尋ねた。
「どこへでも行くわよ……司と一緒なら」
そう言って微笑む幽吹の顔は、少し紅く染まっていた。銀色に輝く髪が、それを強調している。
「そういえばその髪……どうして銀色に?」
霊力を失っていた幽吹がドライアイス的な塊を昇華させたら、銀髪になって急に霊力を取り戻したかのように見えた。
「ああ、さっきの私が持ってた氷……あれは銀竹がくれた霊力の塊。私、一部の妖怪の霊力を吸収して我が物にする事ができるの。髪の色はその副作用、1日休めば元通りよ」
「へぇ……なら、銀竹には感謝しないとね」
やはり、髪の色といい、戦い方といい銀竹由来のものだったか。
つらら女の銀竹。前会った時は、結構世間擦れしてるというか……変わった妖怪のように思えたけど。仲間思いの良い妖怪のようだ。
「銀竹の所、行きたい?」
幽吹が訊いてくる。
「えっ、それはつまり北海道に?」
「そう。私もあいつにお礼言いに行かなきゃならないし、丁度良いわよね。行きましょ。機関車に乗って」
まぁ、断る理由は無い。
「あそこ、近くに良い温泉が湧いてるのよね。銀竹も雪女達も、誰一人入らないけど。もったいない」
そりゃそうだ。入ったら溶けてしまう。