影霊 ガリョウの章 4

ひがくれ号は北海道南部の海岸で一時停車し、客車の扉を開いた。
「思っていたより遅かったのぉ」
「儀右衛門がバラバラにされちゃってたのよ」
「蛭子の爺様、お久〜」
山陰と霊雲の二人が座礁を迎え入れる。
山、天、海の妖怪揃い踏みだ。
「待っててくれたの?」
杖を支えにして座席に腰を下ろす座礁、ぬらりひょんの蛭子に尋ねる。
「うん。帰りの渡しも必要じゃろう?」
「私が雲に乗せて帰るかもしれなかったのに?」
ヘラヘラとした表情の嵐世が口を挟む。
「現に君たちはここにきた」
「そだね」
嵐世がどうするかはお見通しか。
「そして何より儂は、報せを待っておった。百鬼夜行再結集の報せを」
ということは……蛭子も百鬼夜行の一員か。
さらにイナノメ軍の動きも把握しているようだ。嵐世が送ったというえんらえんらから聞いたのだろうか。いや、報せを待っていたと言うくらいだから、えんらえんらは関係なく、独自に情報を掴んでいたのかも。
「その通りよ。そうだ、あんた百鬼夜行の主導者やりたくない? 変わってあげてもいいわ」
主導者を譲りたがる幽吹。
「ほほほ、海から離れられたとしたら、やってみたいが。そうではないからの」
妖怪の中でも神に近い存在だという蛭子は、強大な力と引き換えに、縄張りである海から離れる事が叶わない。活動範囲が大きく制限される彼には向いていない役職か……
「あんたは後ろでどっしり構えてるだけでいいんだって」
「それこそ山姫、君に似合うはずじゃよ」
「……ふん、どいつもこいつも私に押し付けて」
幽吹は腕を組んで不満気である。だが、心の底から怒っているわけではないはずだ。何となくそう感じる。
話がひと段落すると、蛭子が海を鎮め、ひがくれ号は再び海上を走り始めた。
すると次第に、俺の隣に座っていた幽吹の元気が無くなり、距離も縮まっていく。肩が触れ合う。
「うわっ、幽吹ちゃん顔色悪っ! めちゃくちゃ面白いよ銀竹ちゃん!」
幽吹の顔を見た嵐世は大喜びだ。あんまり騒ぐので雪女達までクスクスと笑いだす。
「……これは写真におさめたいですわね。司くん、今流行りのケータイとやらはお持ちで無いのですか?」
ケータイ呼ばわりは正直古い。
そして俺は今、残念ながらそういったものを身に付けていない。村では電波が通じないし、外に出たとしても充電する機会が殆ど無いからだ。
一つ疑問もある。そもそも妖怪は写真に写るんだろうか。写ったとしても、それは心霊写真の類なんじゃ……まぁ、ハッキリと写るんなら、カメラくらい持っててもいいかも知れない。
「あら残念。しっかりと目に焼き付けておきましょう」
「だね〜」
「あんたら……覚えときなさいよ」
幽吹は柳眉を逆立て、嵐世と銀竹を睨み付けた。この目は……確実にさっきより怒っている。
「蛭子の爺さん。爺さんも人間と戦うのか?」
蛭子に話しかける逢魔の姿が見えた。
「イナノメ軍が、海の妖怪に手を出せば、儂は戦うよ。専守防衛じゃ」
「海に喧嘩を売らなければ、爺さんは手を出さないのか」
海を離れられないのだから、出したくても出せないのだろう。
でも、だとしたら……妖怪連合の百鬼夜行に参加する意味は薄いような気がする。助け合いをしてこその連合だろうし。
「うん、良い質問じゃ。『儂は』手を出さん。ただ、儂の代わりに陸に上がり、百鬼夜行の一員として戦ってくれる妖怪がおる」
蛭子の代理人がいるのか。
「ほう、どこのどいつだ」
「ほほほ、紹介しようか。顔を見せよ海尊(カイソン)」
蛭子が静かに言い放つと、遠くでゴゴゴと轟音が響いた。
海鳴り。
「あ、海尊だ。こっちもお久〜」
窓から体を乗り出し、大きく手を振る嵐世。
俺も窓の外を眺めてみる……
「あっ、いた……」
海の彼方に、笠を被った大男が、海から顔を出して進んでいた。海底に足をつけて歩いているようだ。一歩一歩進む度に激しい波が引き起こされるが、その波は蛭子の霊力によって打ち消されている。
「海坊主とか、海入道ってやつ?」
海底に立って頭を出してるんだから、きっと大男はめちゃくちゃ大きい。弁慶や水臣の比では無いはずだ。水臣は体の大きさを縮めていると言ってたから、正確な大きさは分からないけど……
「そうじゃな。じゃが、彼奴は海難法師の海尊と名乗っておる。そう呼んでやっておくれ」
「海尊は、蛭子の右腕……海の妖怪のナンバーツーよ……とっても無口」
幽吹が力無く説明してくれる。
「彼奴ならば、陸に上がろうと戦える。まぁ、海にいるときより数段力は見劣るがの」
それは仕方ないのだろう。幽吹だって、今はこんな腑抜けた状態だし。
嵐世や銀竹に笑われて、少し可哀想になってきた。頭を撫でてあげようか。
「あっ……司まで馬鹿にするの? 酷いわ」
撫でてるだけなのに。お気に召さなかったか。
俺は手を退けて謝る。
「……止めろとは言ってないでしょ」
すると幽吹はそう小声で呟くのだった。ああ、そうか。今この場には、たくさんの妖怪がいるから……
可愛らしい先輩である。

#小説 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章

いいなと思ったら応援しよう!