影霊 九の章 13
鬼の大将鬼玄は大きな黒鉄の王座に腰を据えて観戦していた。その周りには、副将獄丸、鬼一口、前鬼、後鬼が控える。
「結局山陰は戻らなかったか。これは決まったも当然ですな」
獄丸が鬼玄に言う。
「ああ……だが、仮に幽吹がいたとしても、月夜、崎姫、市、空の連携を打ち崩す事は難しいだろう」
鬼玄は太い腕を組んで答えた。
「じゃあ! どうやっても司は勝てないって事!? ならオラ、司の味方してもいいか!? あの大首と戦いてぇ!」
巨大な鬼の生首、鬼一口が叫ぶ。
「待て、今は大入道が戦っているだろうが。邪魔をするな」
鬼玄が制止する。
「でも選挙なんだろ!? オラにも投票権はある!」
「やかましい! ワシは司勢の戦いが見たいのだ。前の戦はそれどころでは無かったからな」
四獣神のクモ、カラス、ヘビは一列に並んで観戦していた。
「八房は一体どこをほっつき歩いとるん? アイツは司の味方をするかと思っとったんやけど」
そう言うのはクモ、八束脛だ。
「薄情なイヌだぜ」
ヘビ、八岐が笑う。
「崎姫と戦える貴重な機会だ。私も翼が疼く」
カラス、八尺が羽を震わせる。
「だよなぁ。でも、オレサマ達が動くと、三将達が止めに入ってくるかもしれねぇ」
三将達は、司対月夜の純粋な対決が見たいと思っている。それはクモ、カラス、ヘビ、いずれも分かっていた。
「そういう事だ。この戦い、私達の中で司の味方が出来たのは八房のみ」
月夜や崎姫が、司の味方であると明確に判断するであろう妖怪の参戦ならば、観戦する妖怪達、三将も認めるはずだ。
司対月夜の対決に水を差さない四獣神、それは八房だけである。
御影邸の前で、俺は母と向かい合い、話をしていた。
「じゃあさ、母さんの武器は?」
母は今、両手に何も持っていない。
俺が手にしているこの刀、叢影のように、母もツキヒの武器を所有しているはずだ。
そしてそれは、おそらく母が何よりも大切に扱っていたあの弦の張られていない黒い弓……
「見たい?」
そう聞き返してくる。
「見たいけど……持ってきてるの?」
「当然よ」
母の足元にあった影が、円状に広がった。
陰力だ。やはり母も使えるのか。
「弓張月。それがこの弓の名前」
広がった影から、一本の細い棒状の物が飛び出し、母は掴んだ。
黒い弓……やはりあれか。
「ツキヒの武器だよね。影の中に仕舞う事が出来るんだ」
「そうね。そこまで難しく無いわ。後で司にも教えてあげようか?」
「ほんと? お願いするよ」
これは嬉しい。俺の武器は大衆の面前に晒すと逮捕されてしまう。隠せるものなら隠しておきたい。
「武器も出しちゃった事だし、そろそろ勝負を始めようか?」
母はそう言った。
おっと……武器を出させたのは、間違いだっただろうか。
だが、これは模擬戦なのだ。戦わないわけにはいかない。受けて立つ。
「司は、私にどんな攻撃でも仕掛けていいわよ。遠慮しないで」
先輩の余裕。
俺は頷く。遠慮する必要は無い。
「それで私が司に放つ矢は、これ」
母が古空穂の空の口に手を入れて取り出したのは、鏃の部分に小さな球体が付いた矢だった。
「ゴム玉が付いてるの。刺さることは無いわ。結構硬いから少し痛いかもしれないけど。そこは我慢してね」
ハンデって奴か……
「この矢を……そうね。20発司が受けたら、私の勝ちっていうのはどう?」
結構多い。それなりに余裕はあるように思えるが……
「俺が勝つ条件は?」
「このゴムの矢は、50本用意してるの。20発当てるまでに、無くなったら司の勝ち。それと、司が私に陰力による攻撃を3発当てても、司の勝ちでいいよ」
「オッケー。その条件でいこう」
大きすぎるハンデ。それだけ俺と母の間には実力の差があるという事なんだろう。
「まぁ、ゆっくり話ながらやりましょうね」
母はそう言いながら、黒い弓、弓張月を構え、ゴムの鏃が付いた矢をつがえる。
早速一本撃ってくるか……?
でも、あの弓、弦が無かったはずでは……どうやって?
「『穿山甲』!」
とにかく盾を召喚する。
「なるほど。可愛らしい盾ね」
母は矢を構えたまま、横に走り出した。
「げっ……」
弓道は、一度弓を構えれば微動だにせず狙い澄ますイメージだったが、さすがに実戦ではそこまで単純な動きはしてくれないか……!
俺は穿山甲を中心にした母との対角線上に走る。
「まずは一本」
しかし、母は構わず矢を放ってきた。
「いったい!」
わき腹に矢が直撃する。逃げるのが遅かった。
いくらゴムの鏃で刺さらないとはいえ、物凄いスピードで飛来した矢だ。当たるとめちゃくちゃ痛い。