
黄昏の秋、届かぬ想い
夕暮れ時、夏弥(かや)は決まって療養院の中庭にあるベンチに腰掛け、ただ独り、庭の中心に立つ梧桐の木を物憂げに見上げていた。
秋が深まるにつれ、梧桐の葉は徐々に黄金色に染まっていく。初秋の夕風が吹き抜けるたび、2、3枚の葉が梢から舞い降りる。大きく成長した梧桐の葉は地面に触れると、カサリという乾いた音を立てる。まるで世界の終わりを思わせる静寂の中、その音は驚くほど大きく響いた。
カサリという音が耳に届くたび、夏弥は自分の命もまた、あの葉のように一枚ずつ幕を下ろうとしているのだと、痛切に感じていた。枝の葉が全て散り尽くす時、残り少ない自分の命もまた、終わりを迎えるのだろう。そんなことを考えながら、彼女は一枚、また一枚と、木に残る葉を数え始めた。看護師が迎えに来るまで。
「夏弥さん、お薬の時間ですよ。お部屋に戻りましょう」
看護師の声が掛かった時、夏弥はちょうど144枚目まで数え終えたところだった。
「ええ」
彼女はほんの少しだけ間を置き、葉のことも、命のことも、心の奥底へとそっと押し込んだ。そして、意識を現実に戻すと、ゆっくりと立ち上がった。ちょうどその時、強い風が吹き抜け、まるでスイッチを押したかのように、一枚の葉が梢から落ちていった。
カサリ。143枚になった。
どうして時間は私を置いて先に進んでくれないのだろう?
……
夏弥は小刻みに足を動かし、看護師の後ろをついて歩く。事務室の前を通り過ぎる時、彼女は小さな声で尋ねた。
「ね、今日は私の宛ての手紙は届いていますか?」
「ああ、夏弥さん、今日は届いていませんね。もしかしたら、郵便屋さんがお休みだったのかもしれません。ご存知のように、ここは患者さんも少ないので、郵便屋さんも数日に一度しか来ないものですから……」
看護師は申し訳なさそうに顔を曇らせた。まるで手紙が届いてないのは自分のせいであるかのように。
16歳という若さで、人生の終わりを1人で迎えようとしている少女。彼女の最期の願いは、たった一枚の薄い手紙だけ。誰であれ、憐れみの感情を抱かずにはいられないだろう。
「そうですか」
夏弥はただ、つま先を見つめながら、いつものように、できるだけ普段通りの表情を作ろうと努めていた。今日は中庭から病室に戻るまで、いつもよりずっと時間がかかってしまったような気がする。梧桐の木を見に行くチャンスは、あとどれくらい残されているのだろう?
……
季節は巡り、秋は過ぎ、冬が訪れた。夏弥の病状は急速に悪化した。彼女はついに、大切な人からの手紙を待ちわびたまま、最期の時を迎えた。初雪が降る頃、のんびり屋の郵便配達人が療養院の門前を通り過ぎた。そして、事務的に、エッフェル塔の絵柄が入った薄いポストカードを事務室前の郵便箱に投函した。
「まったく、こんな終末期介護施設に、誰が旅のポストカードなんか送ってくるんだ?」
彼は独りごちた。
冬の冷たい風が吹き荒れる中、誰にも気づかれることなく、最後の梧桐の葉が静かに舞い降りた。
作品を読んでいただきありがとうございます~以上は、「木の葉」「時」「手紙」をテーマにした三題噺でした。いかがでしょうか?
新作ができたらまたここにアップしますので、次回も楽しみにしてください!
では、さよなら~