『六月大歌舞伎』を観た記
襲名披露公演を観るのは初めて。どういう感じなんだろうと、雰囲気含めて楽しみに観劇しました。
新・時蔵さんは、新国立劇場で『葛の葉』を観てすごさに動揺したので、今回はどんなお役で魅せてくれるのだろうと、それも楽しみに。
上州土産百両首
ちょっと地味な話かもしれないけれど、登場人物それぞれがたっていて、好きになりました。
正太郎・牙次郎も、悪い仲間も、旅館の亭主も娘さんも、岡っ引きの親分も仲間たちも、
身の回りのどこかで起きていてもおかしくないし、自分にも思い当たるような感情を抱えていて
「本当はこうしたかった、けれどできない」
「こんなはずじゃなかった、やり直したい」
「相手が自分と近しくて信頼していたからこそ、裏切られたようで憎い」
思った通りにいかにない世の中をなんとか生きている。
人物1人1人の人生が、”その他大勢”で出てくるそれぞれにもあって、しみじみしました。
獅童さんも菊之助さんも、無理がなくて見ていてすっと入ってきました。
客席降りも嬉しい!!(たまたま近くで台詞を言ってくださる席にいたのです)
菊之助さんのお目目は黒目がちでつぶらでした。
義経千本桜
今回も左近さんの美しいこと!!
舞台にたくさんある美しいところを、視線が行ったり来たりしました。
妹背山婦女庭訓
いちばん楽しみにしていた演目!
仁左衛門さんの口上。
いじめの官女の迫力。「”女形”として演じる気、あります?」と聞きたくなるような仁王立ちと長袴を扱う脚の蹴りだしのたくましさ、劇場に響き渡る低音の美声。
かわいそうな演目のはずなのに、「この演出はドリフ!!」となるところも方々あり、「この面々でこの扱いはダメだと、早く見切りをつけて帰りなよー!」と突っ込みを入れたくなってしまい、お三輪に感情移入させてくれない・・・笑
新・時蔵さん、さすがにお疲れなのかな・・・と心配になるところもありました。
南総里見八犬伝
南総里見八犬伝は未履修。教養不足を実感しました・・・(3×3eyesあたり読んでおけばよかった)
派手な演出のダイジェストレビューのような構成なので、きっと南総里見八犬伝を知っていれば、楽しいのでしょうね。
山姥
ひたすら可愛さにやられる時間。
まだ小さな時分なので、大人になってもこの舞台の記憶は残るのかな?
楽しかったこととして覚えていてくれるとよいな、という希望でたくさん拍手をしました。
新・梅枝さんは、年齢的にも間違いなくたくさんお稽古をして、嫌なことも自分の想い通りにいかないことも、たくさんあったのではないかなと。
ある程度の月齢になってからは、「可愛い可愛い」で台詞を言うたびにくすくす笑うのではなく、一人の役者さんとして尊敬と敬意をもって接したいなと、彼と周りの方々の努力と責任の重さを想像しました。
魚屋宗五郎
アルコール依存症を考えて、純粋に笑えずに見てしまいました。
宗五郎は依存症、おはまはカサンドラ。今回はうまく済んだようなもので、このままではみんな幸せになれず、どこかで破滅してしまうのでは。
時代と合わなくなっていく演目の一つなのかなと思ったり、、、
安心して観たいだけ
今回も上演中、近くの客席に独り言・暴言・身振り手振りが止まらない方がいて、周りの方が別の席に移動したり、ということがありました。(移動できる席があってよかった)
身の危険を感じながらお芝居を観るなんて、
そもそも芝居どころではないし、期待していた演目が邪魔されたならどれだけ残念で怒りすらわいてくるだろう、と。
私も何度か邪魔されて、怒り心頭です。「もう配信でよいかな~」と思うこともしばしば。
(・・・ちょうど邪魔された『神田祭』は、配信がなかったので劇場に足を運んでよかったとは思いつつ・・・安くはないチケット代と時間に対して、十分な観劇ができなかった。という思い出を根に持っています。。
遠方からの観劇なら尚更、恨みは深いでしょう)
何かの病気なのだろうと思いますが、周りに劇場にくることを止めてくれる人はいないのか(例えば、主治医)、劇場側で出禁にできないのか。
何かしら対策がとられると安心して観劇に没入できるし、周りにも「一緒に歌舞伎観に行こう」と勧められるのに、と残念に思っています。
毎月このような方がいたり、何かしらのトラブルを見かけているので、観劇初心者の友人は歌舞伎座に誘いづらいです。