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主婦から大学教員になった私 その2
私は修士を出てすぐに結婚し、専業主婦になりました。「卒業してすぐ家庭に入る」というのは当時はそれほど珍しくもなかったのですが、現在は多分レアケースでしょう。今の学生に話してもその感覚はわからないかもしれません。
しばらく主婦生活を謳歌していたのですが、すぐに子供を授かるかと思っていたのにその気配もないし、いろんなことをどんどん忘れていくのです。さすがにこのままではマズイ、とハローワークに飛び込んだものの、びっくりするほど私に出来る仕事はありませんでした。何しろ学生→主婦(無職)ですからね、社会人経験が皆無なわけですよ。事務だ総務だ経理だと書かれていても、「ナニソレ?」のレベル。
当時私が持っている資格といっても、教員免許(中高理科)しかなかったですからね。今でこそ教員不足なんて言われてますけど、当時は教員採用試験は超難関の狭き門でした。つまりハローワークに教員の求人なんてなかったのです。
一般企業には教員免許なんて関係ないので、そのときつくづく、「そうか教員免許なんて持ってても役に立たないんだなあ」と痛感したのでした(当時の話ね)。
そこで考え方を切り替えて、全く別の職種はないかと思ったんですけどね。縫製工場の求人はチラホラあったのですが、「動力ミシンは使えますか?」と聞かれて撃沈。チーン。
ショップ店員のような経験や知識が不問の職種もあったものの、当時は交通の便の悪いところに住んでいたのに車の運転が出来なかったので、自転車で行ける範囲のところが少なくてこちらも難しい。
塾講師ならいけるんじゃないかと思ったのですが、アタリマエですけど塾の仕事は通常の学校が終わった後なので、勤務時間が夕方から深夜と夜型なのです。新婚ちゃんとしては、それはちょっとねえ。
そんなこんなで、ようやく見つけたのが近所の大学の短期バイトの募集でした。「○○実験のできる方」と書いてあったのですが、それまでの私の実験とは全然分野が違うので、そういう実験はしたことなかったんですよ。若干尻込みしたものの、他に私に出来る仕事なんて全然見当たりません。そこでおずおずと、窓口のお姉さんに「あの、これなんですけど…」と切り出したのでした。
その場でハローワークのお姉さんに先方(つまりは教授)に電話してもらいました。「希望者がいます」「ただし、実験が出来るかどうかわからないと言っています」と伝えたところ、教授もちょっと難色を示したんでしょうね。そこでお姉さんが「ただ、理科の教員免許は持ってるそうです」とアシストしてくれて、それでなんとか面接までこぎつけたわけ。
面接に行くのもドキドキで、運よく受かったとしてもその実験が出来なくて罵倒されたらどうしようかとか、いろいろネガティブなことを考えていました(修士時代のトラウマ)。
もっとも、募集は短期バイトで、期間はたったの一か月。一か月なら罵倒され続けたとしてもなんとか耐えられるだろう、と恐る恐る研究室に行ったのでした。
研究室に行ったら開口一番、「履歴書見せて」と言われました。おずおずと渡したら教授が広げ、しばらく黙ってしまったのです。ああっ、やっぱり分野が違うからダメか…。
「…すごい履歴じゃないですか」
ええっ!?
当時の「パートさん」というのはビーカーを洗ったり資料のコピーをしたりする「近所のオバチャン」という感覚でした。専門的な知識も要求されないし、言われたことだけやればいいという感じで、研究室内のヒエラルキーで言うとすごく下だったわけ。
そんなところに突然国立大の修士を出た若い女の子(今から見れば)が来たので、びっくりされてしまったわけです。
「一か月の短期バイト」がそのまま「年度末まで」になり、さらに「次の年の年度末まで」になり、そこから「ここの研究室で博士に進学します」と発展していくことになるとは、ねえ。