犬が木になったおはなし

eiko

わたしはジャーマンシェパードの女の子だった。ちび黒犬の名前はさくら。ドイツの名前もあってツァンカだったそうだけど、そう呼ばれたことはなかった。ブリーダーさんが住んでいたお隣の県から新しい家にやってきたのはわたしが生まれて2ヶ月のとき。写真付きで警察犬の雑誌に載ってたクサフェリアって名前の賢そうな美人顔のママから産まれたって。ママや兄妹と離れてなんだかさびしいと思ったけどケージに入れられ何時間も車で揺られてたら眠くなってきた。冬の寒さが和らぎ春になりかけたころ。

新しい家族は4人。お父さん、お母さん、大学生のお兄ちゃん、高校生のお姉ちゃん。この家族はインコや小さな亀さん以外、一度も犬は飼ったことがなかったらしい。みんなで毎日、降っても晴れても、一日2回の散歩も欠かさず、私の世話をしてくれた。小さいころ歯がウズウズしてなんでもかじったりこわしたりするワル犬でよく怒られた。毎週日曜の午後は近くのグラウンドでやっていた犬の訓練の学校に行った。「伏せ、待て、止まれ、来い、ピッタリついて歩け、走れ」などの服従の訓練もやった。特にわたしは高い塀を登ったり、高いところにかけられたハシゴの上を歩いたりするのが上手だったよ。また広い野原で色々な犬種の大型〜小型犬とグルグル意味もなく追っかけたり抜いたりと走り回るのもすごく楽しかった。泳ぐのも得意。毎年夏には近くの湾の海辺や、車で40分くらいの山の中の滝のある川に連れていってくれたね。

年月は過ぎ、大好きなお兄ちゃん、お姉ちゃんもそれぞれ結婚した。夏の暑い日の長旅になったけど結婚式に私も連れていってくれた。みんなと一緒に写真を撮ってもらって真ん中に写ってる。

ある日わたしはお父さんよりもっと白髪が多くなっていた。長い散歩にも行けなくなってきた。でもまだ日々のルーティンの一部だった外の新鮮な空気を吸ったり、ご近所の犬たちに会うのがやっぱり楽しかった。みんなといると賑やかでうれしくてしっぽが動くんだ。

そのときは2023年9月13日午前1時10分にやって来た。お母さんが私の普通と違う様子に気づき、お父さんも起きてきてくれた。わたしが彼らの腕の中で大きく口を開け最後の深呼吸をした時、疲れてつぶってたわたしの目が大きく開いてそこには彼らがいた。わたしは何か言いたかったけどそれは声にはならなかった。わたしは死んでしまった。

わたしはその日のうちに近くのお寺さんで荼毘に付され家に帰った。わたしの骨は庭の山桜の木の根もとに埋められた。その木は15年前に苗木を貰って植えてたもの。幹も細くひょろひょろの山桜で一度も花を咲かせたこともなかった。多分近くに大きなシマトネリコの木とカシの木の枝が山桜の行く手を邪魔し日光もあたらなかったせいだろう。山桜の枝が伸ばせるようにとお兄ちゃんやお姉ちゃんが来て周りの枝を切ってくれた。

3月の暖かくなり始めたころ。お母さんがカーテンを開けいつものように窓の外に見える木に向かって「おはようさくら」といったとき、白い花のつぼみが2つ3つあるのに気づく。初めての花びらがゆっくり開き始め日一日と増え、2週間、白っぽいリボンのような花でいっぱいの木となった。地味で殺風景だった庭が明るくなった。そして大雨が2日続けて降ってぜんぶ散ってしまった。結局花を咲かせたのはわたし?

2024年9月13日がさくらの一周忌になります。愛犬さくらが遺したかなしみ以上のたくさんの幸せ、笑い、思い出をもらった12年と9ヶ月でした。ありがとうさくら。



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