ワンオーダー 〜キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜_17
Evil Demandの腕が弾け飛び、どす黒い血液が吹き出す。
下水のような匂いが鼻をつく。
本体から吹き飛んだ腕が、びくびくと地面の上で跳ね回っている。
ボクは顔についたどす黒い血を腕でぬぐうと状況を確認する。
誰かが、助けてくれた?
壇ノ浦さんは、未だに倒れている。
じゃあ、一体誰が?
周囲を確認する間もなく、Evil Demandは再び体勢を整える。
複数の目がぎょろぎょろと辺りを見回す。Evil Demandも謎の攻撃の相手を探しているのだろう。
その目を閃光が突き刺した。
先ほど、ボクを奴の腕から守ってくれたのと同じ閃光だ。
目から血が噴き出す。
どこかから見えない狙撃手がボクらを援護してくれているらしい。
Evil Demandは仰け反る。間髪入れずに数発の閃光がEvil Demandに突き刺さった。
戻しかけた体勢を今度は完全に崩し、Evil Demandはビルに倒れ込む。倒壊するビル。ガラスや瓦礫の破片が飛び散った。
ボクはその隙を付き、壇ノ浦さんに駆け寄る。
血溜まりの中の壇ノ浦さんを抱き起こし、脈を確認する。
微かではあるが、息があった。
「壇ノ浦さん!」
呼びかけて見るが、反応はない。
かなりの出血量だ。このままでは助けが来る前に死んでしまうかもしれない。
どうすればいい?
「もここを助けたいでゲロ?」
聞いたことのある声がした。
「……デイビット?」
デイビットが壇ノ浦さんの肩の下から這い出して来る。
「助ける方法はあるでゲロ」
「マジすか! どうやって?」
「お前がもここのために金を支払うでゲロ」
ここでも、金が必要になるのか。
いや、何となく想像はしていたのだが。
「払いますよ」
「即答でゲロな。だが、値段を聞いてからの方がいいでゲロ」
命の値段。
これまでの人生で、考える機会はなかった。
命の値段とは。
壇ノ浦さんの命の値段とは。
誰がどういう基準で決める金額なのか。
いや、金額の問題なのか?
お金は戻って来るかもしれない。
だが、壇ノ浦さんは戻ってこない。
その両者を天秤にかけれるはずもない。
ボクは偽善者か?
分からない。
ただ、ボクは今、この瞬間、壇ノ浦さんの命を救いたいと思っている。
それだけだ。
と、Evil Demandが倒壊したビルの瓦礫から起き上がった。
先ほどの攻撃ではまだ、致命傷ではなかったようだ。
表情のないEvil Demandでも、その全身が怒りに打ち震えているのを肌で感じる。
Evil Demandは身体の中央部から口をがばっと開いた。細く、尖った無数の歯が、互いを押し合いながら様々な方向に飛び出している。
ボクと壇ノ浦さんを食べようとしている?
先ほどの狙撃手は攻撃してこない。
助けを願っている場合ではない。自分で活路を見いださなければ。
その時、ボクの視界が光る剣を捉えた。それはEvil Demandの腹の下に刺さっている。傷口からは今も絶えず血を流れ出ていた。
「デイビット、あの剣、ボクでも使えそうすか?」
「肉体を鎧で強化してないからかなり厳しいと思うでゲロ。でもそこはがんばり次第でゲロ!」
ボクは全てを聞き終わる前に走り出した。
Evil Demandの腕が伸びて来る。手がボクの上着を掴んだ。が、すぐにそれは破り捨て、ボクは走る。右足を掴まれ、激しい痛みと共に、ボクは身体の下から引きずり出される。
だがその一瞬前に、ボクの右手はシャイニングソードを握りしめていた。
シャイニングソードは、熱かった。
手が灼けそうな程。というか、実際に灼けていると思う。ついでに言うと大分重い。
Evil Demandはそのままボクをつり上げると、巨大な口へと放り込もうとする。
こうなれば、やるしかない。
「そりゃ!」
シャイニングソードをその口めがけて投げ込んだ。というより、落とした。
重いシャイニングソードは真っすぐEvil Demandの口に落ちて行く。
そして舌に刺さった。
鼓膜を破りそうな悲鳴。
ボクの足を掴んでいる手が離れ、ボクは空中に投げ出された。
高さは2階建てのビルくらい。完全に目測!
受け身も取れず、ボクは地面に叩き付けられた。
あ、死んだな。と思った。
さすがに仕方がない。
全て自己責任だ。
だけど、死ぬなら最期に一つだけやらなければならないことがある。
「デイビット、値段はどうでもいい。壇ノ浦さんを助けて……」
がま口財布にそう伝え、ボクの意識は暗闇に落ちて行った。