ワンオーダー 〜キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜_10
「大作映画好きと一言で片付けてもらいたくないわね」
壇ノ浦さんは憤慨するように口を尖らせる。
「いや、トムかブラピって王道系の王道やないかーい」
「下手な関西弁辞めてくれるかしら?」
「すみません……」
壇ノ浦さんがエセ関西弁に対し、当たりが強いのをすっかり失念していた。ボクはレジ横にずれ、壇ノ浦さんに場所を譲った。
会計を始める壇ノ浦さん。カゴから取り出したのは日用品とかその類いのものである。やたら綿棒が多いが、耳掃除好きなのだろうか。
「耳掃除好きなんですか?」
「プライバシーの侵害」
つっぱねるように壇ノ浦さんは言った。それもそうだ。
いそいそと商品のバーコードを読み取る槇村さんに壇ノ浦さんは質問を投げかけた。
「恵方巻きの販売レース、あなたが2位なのよね?」
「はい、雪道さんのおかげもあって、2位になりました」
ぺろっと舌を出す槇村さん。小悪魔的である。
「それで、何の映画を観に行くのかしら?」
「うーん、まだ決めてないですけど、後で雪道さんと相談します」
「え、ボク、まだ行くって言ってない」
「ごちゃごちゃとラノベみたいな展開やめてもらっていいかしら?」
「ラノベみたいな展開にしているのは、あなたの方じゃないですか? えっと……」
「壇ノ浦桃子よ」
「ももこさんっ?」
ぷっと吹き出す槇村さん。
「ビジュアル的に桃子って感じじゃないですよね」
笑われて、壇ノ浦さんがさらに苛立ったようである。怒りを押し殺した無表情に変わる。
「じゃあ、あなたの名前、言ってみなさいよ」
「槇村美喜です」
「まきむらみき、きみらむきま。まるで回文ね」
「どこが!」
別に逆さまにしたところで何も意味が通じないが。
「私も恵方巻き、買おうかしら」
「まいどー」
槇村さんの両目が光る。
「ただし、あっちのレジの人から」
壇ノ浦さんは隣りのレジで退屈そうに立っている青年を指差した。
「え、わ、ワイですか? えらいこっちゃで」
モブ程度なのにキャラが濃い!
「恵方巻き、30本」
「買い過ぎですよ!」
ボクは思わずたしなめる。
「みきむらさん」
「槇村です」
「槇村さん、これであなたを2位から引きずり落とせるわね」
「何が目的なんですか?」
「目的? 別に、ただあなたのことが気に入らないだけよ」
壇ノ浦さんは何故、こんなにも突っかかってくるのだろう。
「壇ノ浦さん、そんなことにお金使わないで下さいよ」
壇ノ浦さんにはもっと有意義な使い道があるというのに。
「何よ、どう使おうが私の自由でしょ」
「恵方巻き、そんなに食べないですよね? 槇村さんを2位から引き落とすために使うなんて、もったいなすぎます」
「尾田君」
氷のような声である。
「はい」
「あなたが私のお金の使い方に口を出す権利を有するというなら、逆もまた然り。私があなたにその権利を行使することも可能なのよね?」
「マイナーな伊勢◯友介さんの実写化作品も観てるじゃないスか……」
「あなた、2月11日(土)公開のデッドサイレント、見に行きなさい。劇場と時間は後で指定するわ」
「え……何で」
「これも恵方巻きを買うより、有意義な使い方だと思うけど?」
「どんだけ恵方巻きのことディスるんすか」
「あとはLINEで」
壇ノ浦さんは袋を掴んでそのまま自動ドアから出て行った。
壇ノ浦さんは何がしたかったのだろう。
まるで嵐が去った後のような沈黙が訪れた。
「……雪道さん」
口火を切ったのは槇村さんだった。
「今度の休み、空けといて下さいね」
「おっけー」
とりあえずこれは、募金したら女の子とデートに行くことになった話である。