ワンオーダー キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜33
イライラした様子の流に指示されるまま、ボクは床掃除、テーブル拭き、看板だしをした。
1時間程作業し、その後、簡単に仕事のレクチャーを受けた後、流はカーテンのかかった簡素な個室にボクを呼び、そこで待機するよう命じた。
「ここが、俺らの待機スペース。今日はとりあえず呼ばれるまでここにいろよ」
「分かりました」
大人しくボクは命じられたままそこに腰掛ける。
コツコツと革靴の足音がしたと思うと、数人の男達がぞろぞろと待機スペースに入って来た。
きっと先輩方なのだろう。
髪をツンツンにしたり、花にピアスを空けたり、首筋に刺青が入っていたり、それぞれ個性的な方々である。
そんな方々が席に座り始め、気付けば満席である。
あー、新入りは立ってろって奴ね。
ボクは立って、先輩方に席を譲った。
「どうぞ」
皆、一様に携帯をいじったり、電話をかけたりしている。
忙しそうである。
漏れ聞こえて来る会話の内容から、お客さんをお店に呼んでいるのだと何となく分かった。
「あれ、体験の人?」
ボクの隣りに座っていた一人のホストが話しかけて来た。
中々厳つそうな外見である。エグザ◯ルにいそうな。
「あ、はい」
「名前なんての?」
そういえば、まだ源氏名がなかった。
「えーと」
どうしたものか。
本名、尾田雪道。
なんか、ひねれるかな。
「すみません、まだ源氏名がなくて、参考としてお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「真面目か。俺は天竜寺聖也っすー」
天竜寺聖也って、昭和の少女漫画か何かか。
「本名は?」
「ここではこれが本名に決まってるやろ、ボケ」
「す、すみません」
導火線がイマイチまだ掴めない。
それとも新人いびりというやつか。
縦社会や。
「じゃあ、ボクは牙龍天門院雅次金光で」
適当に浮かんだフレーズを並べ立ててみた。
「がりゅうてんもんいんまさつぐかねみつ? 長え!」
「牙龍と呼んで下さい」
「牙龍、ちょっとかっこいいじゃねーか」
「あざす! ボクはなんてお呼びすればいいですか?」
「聖也で」
「聖也さん!」
「ういーす!」
いいやつか。
「今日から、こいつ、牙龍だから」
聖也さんは、先輩方に投げかけた。
「ういーす!」
怒気を孕んだような返事が帰って来る。熱い。これが男社会……!
最近、女の子とイチャイチャしかしてなかったボクにはギャップが大きすぎた。
「牙龍天門院雅次金光です!」
「がりゅうてんもんいんまさつぐかねみつ? どこまでが名字やネーン!」
肌の浅黒い中東系の顔立ちのホストがつっこんだ。微妙に片言である。
「姓はが、です。あとのりゅうてんもんいんまさつぐかねみつが名です」
「バランスがオカシイやろー!」
「それが売りです」
「どんな売りやネーン!」
陽気なキャラらしい。とりあえずほっとした。
見た目は間違いなく薬の売人のようである。
「そろそろ開店しまーす」
流が宣言した。
「うーす!」
暑苦しい返事が返って来る。
流は扉を開ける。
果たしてボクは、稼ぐ糸口を見つけることができるのか、女性を口説くことが出来るのか、てかそもそも今日の体験を乗り切れるのか!
数人の女性の声が聞こえた。
「いらっしゃいませー」
流が女性を迎えに出る。
「お、久しぶり!」
客なのか、知り合いなのか、流は談笑を始める。
そのまま待機スペースの前を通ってホールへと女性達を案内した。
ホストクラブにやってくる女性を間近で見たのは、それが初めてだった。
「牙龍さん、お願いしまーす!」
気付けば井之上さんがカーテンの間から顔を覗かせ、ボクを見ている。
ボクにヘルプにつけ、ということらしい。
ごくりと生唾を飲み込む。
ついにボクにとって初めての夜が始まった。