ワンオーダー 〜キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜_9
モンスタークレーマーというやつは、社会のどこにでも蔓延っている。
人が何かを求め、それを手に入れられない時、理不尽な要求をすることが多々あるらしい。
おっさんは外れたスクラッチを掴み、槇村さんに投げつけた。
「ちゃんとアタリ、入ってんだろーな?」
「入ってるはずなんですけどねー……」
槇村さんは困ったように答える。
「お、ねーちゃん、約束出来るんか?」
「約束、しなきゃいけないですか?」
「しなくていいすよ、別に、槇村さんの責任じゃない」
「なんだ、にーちゃん、肩持つのかよ?」
「アルバイトにそんな責任持たせられないでしょ。恵方巻きの件しかり」
最近、巷を賑わせているバイトへの自爆営業の強要。
槇村さんは敏感に反応した。
「恵方巻き、、、買って下さいよ!!」
「あ、ノルマ課せられてたの?! 何本?」
まさか、槇村さんまで自爆営業に巻き込まれていたとは。
「あと24本です……」
「いつまでに?!」
「明日!」
「それは無理!」
ホントに。
「雪道さん、買って下さいよ。おっちゃんでもいいんで」
目をうるうるさせながら、見上げて来る。自分の見せ方が、非常に上手い。
「スクラッチ当たってたら、買ってやらんでもなかったけどな!」
「あー、買い取りになっちゃうー」
しくしく泣き始める槇村さんである。
これは可哀相である。お客さんにもクレームを入れられ、店側からもノルマを課せられる。時給980円には重すぎる責任かもしれない。
ただ、目の潤ませ方とか、上目遣いとか、その辺のスキルを駆使すればもっと別の仕事があるような気も……。
まあ、その話は置いておこう。
ややあっておっちゃんが考え込み、呟いた。
「……分かったよ。パチンコ代に取っといた金で俺が買ってやるよ」
「え?」
槇村さん、真っ赤な目でクレーマーのおじさんを見つめる。
「いいんですか? 24本も?」
「ちょっと、娘思い出しちまってな。いいよ、食ってやるよ。その分、今年は幸運になるかもしれねーしな」
「そうそう、スクラッチだって当たるかも!」
「ったく、情に弱いんだよなー、俺は」
なんだこの心変わり。
おっちゃん、格好良すぎ。
クレームをいれて来たときは、モブ程度にしか考えていなかったのに、中々どうして人間味のある、いいおじさんである。
「大切なのは、人の心ってことよ」
なんか、今、物語のテーマ的なことをさらっと言われた気もするが……。
「ねーちゃんも、困った人を見かけたら、助けてあげるんだぜ?」
「はい、ありがとうございます」
一件落着、めでたしめでたしである。しかし。
「ノルマに関しては、店長に苦情を入れるべきだと思うよ」
「そ、それはそれは追々ね」
槇村さんは恵方巻きをビニール袋に詰め込み、代金(なんと14,352円!)を受け取りレジに入れる。
「まいどー!」
「うす、また来るよ」
「ギャンブルもほどほどにしといて下さいね」
ほのぼのとしたいい話だった。
槇村さんはおじさんを見送った後、大きくのびをした。
「さーてと」
にやっと口の端を釣り上げて笑う。
「臨時収入も入りましたし、今度、遊びに行きません?」
「臨時収入? いつ?」
「今ですよ。私の恵方巻きのノルマはホントは4本です。20本上乗せした分はインセンティブが貰えます」
「お、まじか」
ほのぼのとしたいい話が急に生臭くなった。
「一位はバイトリーダーの54本なので、私は暫定2位ですね。えっと、2位の商品は……」
槇村さんはレジ横から表を取り出し、確認を始めた。
「1位が遊園地のペアチケット、2位は映画のペアチケットかー」
「現金じゃなく、賞品が貰えるシステムね」
「そうです。雪道さん、映画でも行きません?」
「え、話が早いなー。だってボク、まだ君のことよく知らないけれど」
「何か、トキメイてますっ♪」
懐かしい歌みたいにしきてきた。中学校の頃流行ったなー。
「『おれんちのレンジ』ね」
「そ、『惨敗ハニー!』」
意外と趣味が合うかもしれない。
「好きな映画、何?」
「うーん、私は社会派ドラマかなー」
「渋いね」
「雪道さんは何が好きなんですか?」
「ボクは、魔法少女が出てくるやつとか、ハムスターががんばゆやつ!」
「どん引き〜」
映画の趣味は合わないようである。残念ながら。
「まあ、彼氏とでも行って来た方がいいよ」
ボクは冷静な忠告をした。
「えー、だって私、彼氏――」
槇村さんが何か言いかけた時、冷たい声がボクの背後から突き刺すように飛んで来た。
「レジ、さっきからずっと待ってるんですけど?」
すわ、本日2人目のクレーマーか?とボクが振り向くと、金髪のすらりとした女性が立っていた。
壇ノ浦さんだった。
「私が、並んでいるのに、いつまで話しているつもりなの?」
氷のように冷たい表情だった。
魔法少女とか、ハムスターとか、その視線だけで殺せそうなくらいだ。
「映画の話ね。ちなみに私は」
謎の角度から話題に入って来る壇ノ浦さん。会話への混ざり方がアグレッシブ!
「トム・クルーズかブラピが出てればとりあえず観るわ」
「ただの大作映画好きかーい!」
壇ノ浦さんは、ミーハーである。