ワンオーダー 〜キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜_11
槇村さんとの映画デートの期日は次の土曜に行われる運びとなった。
およそ2週間前に大惨事が起こったというのに、世間は一瞬たりとも、その流れを止めることはない。
世間も、僕もなんて薄情なんだろう。
そうは言っても女の子とのお出かけは楽しいものである。
槇村さんが花柄のワンピースにジージャンというオーソドックスな私服姿を見た僕の口端がだらしなく上がっているのを自覚すれば、自分が今、平凡な日常の中にいることには間違いようがなかった。
「おやっざーす、雪道さん!」
「おはよう」
「何、にやついてるんですか? さては私の私服姿に見とれちゃった感じですか? いいですよ、もっとじっくり堪能して下さい」
「勘違いすんなブス」
「歯に衣を着せい!」
「ごめん、可愛いよ」
「ちょ、ちょっと、急にそんなこと言うの辞めて下さいよ。照れるじゃないですか、てへへ」
「ラノベみたいな口の利き方すんな。薄っぺらいな、お前」
「ちょ、アゲサゲの幅が半端ない!」
「で、何観るんだっけ?」
「え、今の言葉に対するフォローないんですか?」
「なんて言って欲しい?」
「いや、それ私が言っちゃおしまいでしょう。それは雪道さんの口から」
「フォローします」
「……」
「はい、フォローする気持ちは伝えたから、自分で好きに解釈して」
「投げすぎ!」
下らない会話を繰り広げながら、僕らは映画館に入る。
「槇村さんは何が観たいんだっけ?」
「沈黙、ですね」
「じゃあ、ボクが選ぶ」
「違います、違います。私が沈黙するのではなく、沈黙っていう映画のタイトルです!」
「あ、そっちかー」
「そっちです、そっちです」
「じゃあ、ボクは『君の名は』が観たいから後で合流しよう」
「もー、何でなんすか。そんな意地悪ばっか言うと、泣いちゃいますよ、私」
涙ぐむ槇村さんである。が、先日のコンビニの一件もあり、その涙は信用出来ない。
「映画観る前に泣くのはやめましょう」
「うー……」
槇村さんは不服そうにボクを観る。ボクは槇村さんの手を握り、チケット窓口に向かった。槇村さんの手は、温かい。
チケットとポップコーンとコーラを買い、ボクらは劇場へと向かう。
「なんか、私たち、付き合ってるみたいですね」
その軽薄な感じ、もう疲れた。
「……」
「ちょっとー、何沈黙してるんですかー? おーい」
非常に黙らせたい。
だからボクは劇場の入り口の角、人目を避ける場所で、槇村さんの口を塞ぐことにしたのだった。無論、口で。
驚いたような槇村さんの息づかいの他、世界は沈黙していた。