理系の悩み?その研究意味あるの?
こんにちはコーです!
それって意味があるの?
いつも通りの前置きはさておき今回の本題
「その研究って意味があるの?」
についてお話ししたいと思います。
僕の研究
まず、簡単に僕の研究についてご紹介したいと思います。
大学での専攻 宇宙物理 天文学
研究内容 星形成領域のデータ解析
って感じです。
わかりやすくいうと星が産まれている領域を観測して様々な発見をしていくわけです。
ゴリゴリの理学
僕の所属学部は理学部
THE理系って感じの学部なんです。
その中でも宇宙って本当にみんないい意味で勉強しかしたことが無いような奴らが集まるような場所です。
そんな中で日夜研究に没頭していたわけです。
自分でもなんの役にたつかわからない
テレビで流れてくるニュース
「ガンの早期発見につながる細胞を発見」
ってニュースたまに見かけますよね。
専門分野が変われば僕らも教授も素人に近いレベルになってしまう理系
そんなニュースを見ると咄嗟に
「すごいなあ、これでまた生活が豊かになるなあ」
と思いながらニュースを見ていました。
と同時に僕の研究分野って何か社会に還元されているのかな
思ったりするわけです。
研究している自分でも怪しくなるんですから周りの人からしたら余計にそう思うと思います。
星なんか見てどうなる
確かに聞こえはいいですよね。
知り合い「大学で何を勉強しているの?」
僕「天文学です」
これを言った僕は心の中で決まったって思うわけですよ笑
まあ、見栄えはいいです。
僕のしている研究がどのように社会で活用されているかはどこか大きな意味で存在意義まで考えさせられる感覚です。
今の貧困か未来の繁栄か
こんな問題もあるんです。
僕たちの研究に必須のロケットや望遠鏡を建設、維持するのって莫大なお金がかかるんですね。
もう本当に天文学的数字です。
それで、社会に還元されているか不思議になると思うのが
そんなこにお金を使うべきなのか??
っていうこと。
当たり前ですよね、明日の生活に困っている人たちにとってみればそんな悠長にロケットなんか打つな!
これは科学範囲における倫理。
答えはありませんが考えるべき問題なのには変わりありません。
先人たちはどうだったか
ここで偉大な天文学者達を例にあげたいと思います。
彼らは昔、星を目視で確認し長年の間データを取り続けたわけです。
そこから、天気を予想したり占いをしたりと。
これが本当に科学的に正しかったかはわかりませんが
そういった研究が無ければ今の人工衛星やロケットは生まれなかったわけです。
けど、その当時の天文学者達はロケットを打つために研究をしていたわけでは無いですよね。
というかロケットなんか想像もつかないと思います。
それと似ていて僕たちの研究は今、どうこうっていうよりも遠い未来のとんでもない発展につながると信じています。
そう思わないと辛い研究には耐えられません笑