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わすれもののまま

「きみは帰らないの?」
「俺は帰る。お前も帰るんだ。家にわすれものをしたんだ、だから帰る」
「ってことは戻ってくるの? またここに」
「いいやそのままわすれものを抱えて眠ることにする」
「それじゃあわすれもののままだなあ。ここに戻ってこなければ僕はきみを忘れるよ」
「ああそれで構わない。わすれるのは構いやしねえんだ。わすれものを取りに帰って戻ってくる。これほど滑稽なものはないね」
「そう? 僕は小学校の頃、やたらめったらわすれものをして家に取りに帰ったよ。その度にね、また一個、また一個わすれものをするんだ。まずは宿題、その次は体操服、その次はランドセル。帰って登校、帰って登校、また帰って登校だよ! 気づいたら夕方になって全部をわすれて、全裸でその辺をほっつきあるくのさ!」
「狂ってやがる。俺は絶対に帰ったりしねえ。一回外に出たらもう戻れないんだよ。そのつもりでいつも家を出る。見たものはもう見れない、会った人にはもう会えない、喋った言葉はこだまなんてしねえ。だから言い訳もしねえ。宿題を家にわすれましただあ? ああ? そんなことをつらつらと可哀想な顔をしてクラスの奴らに醜態を晒すぐらいなら、堂々と頭を下げてやらあ。俺はもう家には帰らねえからホームワークもこの世から消えるんだぜ」
「じゃあ手を組もうよ!」
「手?」
「僕たちは死ぬまで登下校を繰り返すんだ。ほら、手を出して」
「こうか?」
「うんそう! こうしていれば僕たちは宿題もわすれものも、眠る必要もなくなる。世間からも嫌な目で見られないよ。だって僕たちは登下校を繰り返しているだけのスクールボーイだからね!」
「退屈しねえか?」
「退屈なんてしないよ。僕たちにはまだやることがある。それは歩きながら考えようよ。あ、ランドセルはちゃんと背負うんだよ! それを背負いながら僕たちは勝負しなければならない」
「ああいつの間にかわすれていたなそんなこと」
「わすれものはわすれておくからいいんじゃないか! 僕もわすれていたよ! 僕たちはたくさんのわすれものの山を作ってぶち壊すんだ!」
「決まりだな」
「手始めにきみの名前から教えて!」


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