右折するドーパミン
「お前にはまだやることがあるはずだ。忘れたのか?」
俺はルームミラーに目を向けた。なんだやることって。朝ごはんも作ったし、ゴミも捨てた。電気を消して、家の鍵をかけた。息子を送って仕事に向かうんだよ。他に何があるってんだ。
「よく思い出せ」
なんだ、一向にわからない。
「ほら運転に集中しろ。この道を見てみろ」
いつも通りの道だろう。右折が一向にできない欠陥を抱えた道路だ。どこにでもあるだろうそんなもの。
「そう、その通り。ここを右折するんだ」
なぜだ。そっちにいく理由も時間もない。
「いいから、そっちにいくんだ」
俺はなんとなく右にウィンカーを出した。助手席にいる息子は俺の携帯のゲームに夢中になっている。前の見知らぬ地名のナンバーの営業車が左ウィンカーを出して、抜けていった。
「いいんだ。これでいいんだ。それからこれを持て」
なんだ。子供の水鉄砲で何をする。
「いいから持って考えろ。お前はここの先頭にくるまでに決断するんだ。今からお前は息子を撃つか、自分を撃つか決めるんだ」
馬鹿言うな。ただのおもちゃごときで。
「いいか? 左へ抜けたらお前はただの根性なしだ。もう俺はお前に話しかけもしないし、会いもしない。まだ右折したことないんだろう? この先に何があるか知らないだろう?」
息子を撃ったらどうなる。
「そんなの決まってる。お前は立派な殺人犯だ。業を背負って生きていく。自殺してみろ、お前はもう右折できない」
お前は一体何者なんだ。
「俺か? 俺は通りすがりのドーパミンだよ」
後部座席に向かって引き金をひくと、リアウィンドウに液体が飛び散った。それから左にウィンカーを出した。ルームミラーには内側が濡れた窓だけが見えた。車を走らせながら、まるで何かから逃げるようにそれを何度も確認した。