【第1話】グランプリ
むかしむかし、私がまだ子供だった頃、父は毎週末、
「おいっ、動物園に行くぞ!」
と私を連れ、電車で30分ほどの競馬場に連れて行ってくれました。
母は、
「またそんな嘘ばっかり言って!」
と半分あきれた様子で言い、
「もう、今月お金ないのよ。いい加減にしてちょうだい!そんなお金があるんだったら生活費にも回してよ!」
と、いつもこう付け加えて私達を見送っていました。
小学校の遠足で初めて本物の動物園に行ったとき、母の言っていた嘘の事実を知ったのは言うまでもありません。
でも私は、そんな父と競馬場が大好きでした。
そんなある日、いつものように父が私に、
「おいっ、動物園に行くぞ!」
と言って、私を連れて出かけようとした時、母が、
「ちょっと、あんた、いい加減にしてよ!知らないうちに借金まで作って・・・。これから生活どうするのよ!返す当ても無いのに・・・。もうあんたにはついて行けないわ!今日競馬場に行くなら、私、この家出て行くからね!」
と、いつもとは少し違い、母が父を怒鳴りつけました。
でも父は、
「今日は有馬記念だぞ!競馬をやっている人間は、このレースだけは欠かせん!今までの負けは有馬で取り返す。これが馬券人の心得ってもんだ!今日はそれだけ自信があるし、今年の負けも、借金も全部清算してきてやる!一年働いても儲けられん金持って帰ってきたるわい!見とれっ!」
と、こちらもいつもとは違う口調で母を怒鳴りつけ、父と私は家を後にしました。
電車の中で、私は父に、
「いいの?母ちゃん出て行くって言ってたけど・・・。ほんとに出て行ったらどうするの?」
と訊くと、父は、
「バカだな、そんなことないさ。今までもそう言っても家に帰ったら居たじゃないか。それに今日は有馬記念だ。有馬やらなかったら一年終わらないんだよ」
と笑いながら答えました。
私はいつもと様子の違う母が心配でした。
「でも、ほんとに今年の負け取り返せるの?そんなに自信あるの?」
と父に尋ねました。すると父は笑いながら、
「自信?そんなものあるわけないだろ。あんなの嘘だよ。言葉のアヤだ。自信があっても負ける時は負ける。自信がなくても勝つときは勝つ。分からないから競馬はおもしろいんだ。」
と答えました。
競馬場に着き、父は何レースか馬券を買いましたが全てハズレ。
そしていよいよ有馬記念。
「父ちゃん、どの馬買ったの?僕も応援するから教えて?」
と訊くと、父は、
「穴だ、穴馬だ!やけくそだ!黄色の帽子の馬と橙色の帽子の馬だ!黄色の帽子の9番が1着で来てくれたらそれだけでもいい。もう電車賃も残ってないぞ。これ外したら家まで歩きだからな。しっかり応援しろよ!」
そうこう言っているうちにレースが始まりました。
周りの大人達の頭が邪魔で、私はレースをまったく見ることが出来ません。
大歓声があがり、父も私の横で叫び出しました。
「行け!シンボリ!アカネ連れてゴールへ飛び込め!!よっしゃ~~~!!!!!」
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1969年12月21日
第14回有馬記念
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1着 5枠(黄色の帽子)9番スピードシンボリ
2着 7枠(橙色の帽子)12番アカネテンリュウ
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単勝9番 1,070円(10.7倍)
枠番連勝5-7 4,100円(41.0倍)
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「おいっ、見ろ!全部で150万になったぞ!なっ、言っただろ?今年の負けも、借金も全部清算だ!一年働いても儲けられん金を手に入れたぞ!!」
父は、9番の単勝を20,000円、枠番連勝5-7を30,000円買っていました。
「やったぁ~!嘘が本当になっちゃったね。早く帰って母ちゃんに報告しよ!」
父と私は喜び勇んで家路につきました。
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▼ひょうたんから駒「ひょうたんからこま」
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思いがけない所から思いがけない物が出てくる事。
冗談が本当になる事。
アヤで言った言葉が本当になり、約150万円を手に入れ、喜び勇んで帰ったふたりだが・・・。
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あなたから受け取った応援を力に変えてこれからも頑張ります!