018 『1980年代後半に芸術大学出身者を中心に台頭してくる漆造形作品について』の刊行について
畑中研究室に所属する倉澤佑佳さんが京都市立芸術大学に提出した博士論文『1980年代後半に芸術大学出身者を中心に台頭してくる漆造形作品について』を研究室の活動として畑中研究室調査研究報告シリーズ14として刊行しました。
倉澤さんの博士論文は、現在から35年以上前となる1980年代の漆芸にみられるムーブメントともいうべき用途やそれに付随する形態に縛られない「漆造形」と呼ばれた造形作品の在り方に着目し、それらの作り手とその背景について明らかにすることにより漆芸史の中で位置付ける試みです。
当該時期の漆工芸に関する研究は多くなく、また、「漆造形」の位置づけも明確ではありません。さらには他の工芸分野との比較もなされていないのが現状です。そういった状況下において、1980年台の様相を知る当事者や関係者に対して綿密な聞き取りを行うとともに、当時の展覧会のパンフレットなどを渉猟しつつ具体像を捉えることに努めており、まさに手掘りの調査研究であると言えます。
1980年代後半からみられる漆の造形作品の多くは藤田敏彰・栗本夏樹・古伏脇司氏ら東京藝術大学・京都市立芸術大学出身者で占められている点に着目し、その背景を明らかにすることを目的としました。まず、教育カリキュラムとの関わりがあるのではないかとの想定のもと、明治期における両大学の漆芸教育について調査を行いました。結果、戦前までは京都芸大と東京藝大は伝統的な漆芸との関わりが強かったものの、戦後に入り、京都市立芸術大学においては教育のカリキュラムを一変させ、個性的な教育内容をみせることを確認しました。京都市立芸術大学においては漆工領域における造形教育のカリキュラムは確認できましたが、東京藝術大学においてはそれにあたるものを積極的に見出すことはできませんでした。故にそれ以外の要素がこのムーブメントの要因であるとし、更なる聞き取りを行った結果、奥野憲一と金子賢治両氏による「素材」と「表現」に着目した工芸的造形論の漆芸分野における実践を端緒とすることが明らかとなったとしました。ただし、それぞれの先に挙げた作家たちは、奥野・金子両氏の目論み・思惑とは直接関わらない部分で、自身の漆造形作品を従来の漆の作風や文脈、有様からの「脱却」ではなく新しい表現の「共存」あるいは「提案」を目指していたことが確認でき、緩やかな改革を巻き起こしていたとしました。また、ここで取り上げた彼らの他にも造形作品を作り出していた日展系の作家にも目を向け比較を試みています。
従来まとめられてこなかった事象を綿密な聞き取りや展示の記録などを丹念に整理することにより、この「漆造形」を起点に漆芸において現在見られるような多様な在り方が展開していったところに意義があったとしました。
以上の研究から「漆造形」の輪郭を捉えることが可能となり今後の議論の土台を作り上げたものであるといえます。
本論文は、同時期の日展作家の一部が手がけた造形作品に対する探究が十分ではなかったこと、一つの論文の幅の中で収まりきらないとはいえ他の工芸分野との比較などを深めていく必要があり、更なる探究が求められます。
とはいえ、他の工芸分野とともに戦後の一傾向としてざっくり述べるのではなく、対象に漆を使った自由な立体造形に絞り、その発生時点を見極めようとするところに研究のオリジナリティーがあります。また、その中心的な調査の手法を、作家への直接的聞き取りとしたことも非常に意義があります。文献による調査は後世でもできますが、当時のことを知る人物から知りたいことを引き出すということは、作家と同時代にいる優位性を最大限生かしているからです。
先行研究がほぼなく、評価が定まっていない中、「漆造形作品」が指し示す範囲、登場してくる年代、それを生み出した主要なプレイヤー、時代背景、に一定の枠組みを示したことは非常に重要で、今後の漆芸のみならず工芸史の研究を進める上で不可欠なものであるといえ、博士号にふさわしい研究内容であるといえます。ここで歩みを止めることなく研究を進めていただきたいと願っています。
本論文は(多少時間がかかるかもしれませんが)京都市立芸術大学のリポジトリで公開される予定です。今すぐ読みたいとおっしゃっていただける方につきましてはオンデマンドで対応いたします(実費1500円)。