忙しい方が楽しいと、漸く気付くなどした。
某コーヒー屋さんの店員として働き始めて1ヶ月ほど。
相当辛いだろうなと思っていたが、割合楽しくやれている。
怒られもするが、それが間違っていることだとはっきりと言ってくれる人がいるのは素敵な職場だと思う。
これで毎回尺度が違っていたらその限りではないが、ここの人たちはそれぞれに軸が見えるので非常に従いやすい。
まだ見習いなので側に人が付いてくれているが、今後いなくなった時にどこまでやれるか、どこまででしゃばって良いのか、どこで引くべきなのかを考える日々が始まるだろう。
あと物覚えの悪い先輩との上手な関わり方を探っていきたい。
チームワークを感じる職場。
人を頼って人に頼られて。
存外楽しい。
と、これを前職を続けたままやっているので、結構忙しい日々を送っている。
すっぱりと辞めてしまえばいいのにと私でも思うが、見習い時期のせいで死にたくなった時のために、前職を続けていた方が支えられるかなと思ったのだ。
とはいえ存外楽しいと思えているので、年度切り替えにしようと決めた過去の私のことを恨んではいる。
あと少し。2ヶ月ほど。
私が決めたことなので頑張るほかない。
そろそろ退職届を用意しなきゃ。
性格って簡単に変わるんだな、と思う。
声が小さくて、根暗で、陰キャで、地味で、自分で自分のことをそうカテゴライズしていたけど、どうやら違うらしい。
そもそも違うよ、と言ってもらえていたが、自分自身は信じてなかった。
私の根は暗い。
でも、この職業を始めて声を張れるようになったし、ニコニコ明るく人懐っこい接客をしている。
知らない人に挨拶するのすごい楽しい。
そうゆう店員を演じている、に近いのかもしれない。
自分のプロデューサーは自分しかいないのである。
自分がなりたい自分は、自分しか知らない。
某テレビプロデューサーのラジオを聴き込むようになって、そんな考え方を持つようになった。
かの岡本太郎も、自分自身というおもちゃを使って、くるくると遊ぶ、と残していたが、全くその通りである。
私がどうなりたくて、どんな日々を送りたいか。
最近の私は、「もし私がオールナイトニッポンを担当することになったら、そこそこ面白いエピソードトークがしたい」で動いている。
仮定の中で生きるのはそれはそれで楽しい。
やらないよりは、やったほうがいい。
やらないで怒られるより、やって怒られたい。
過去のメンタル死んでいた日々を、どうにかエンタメ、大道芸、舞台で持ち上げてもらっていたが、今のところなくても良い感じでメンタルを保てている。
良い傾向である。
近々で推しと話していたらうっかり泣きそうになったことがあったが、あれが最高に最低の時期だった。
診断をされたわけではないが、「鬱」に近かったんだろうなと思う。
もう乗り越えたっしょ。戻らないように楽しく人生をやっていこうね。
とはいえその頃支えてくれた推しには定期的に会いたいので、隙を見つけて会いに行くんだけどね。
そんなわけで忙しく楽しく生きています。
不正解を叩き出しながら進む人生は楽しい。
2022.02.03(Thu)のえいちゃん。
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