恋愛小説「明日と君」
「明日と君」
夜風が優しく吹き抜ける街を、悠斗と沙織は並んで歩いていた。街灯の明かりが二人の影を長く引き伸ばし、足元を照らしている。
「明日、晴れるかな?」
沙織がふと呟いた。
「天気予報では晴れって言ってたよ。でも、何かあるの?」
悠斗は沙織の横顔を見つめながら尋ねた。
「ううん。ただ、明日がどんな日になるのかなって思っただけ。」
沙織は遠くの空を見つめるように、少し寂しげな表情を浮かべた。その様子に悠斗は違和感を覚えたが、深くは聞かなかった。
「明日も、今日みたいに一緒にいられれば、それでいいじゃん。」
そう言って微笑む悠斗に、沙織も笑顔を返す。
「そうだね。今日みたいに一緒にいられたら、それだけで十分。」
二人の出会いは、大学の入学式の日だった。
遅刻ギリギリで駆け込んできた悠斗が、沙織にぶつかってしまったのがきっかけだった。
「ごめん、大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫です。」
その時の沙織は驚いた表情を浮かべていたが、次第に笑顔を見せた。その笑顔が悠斗の心に深く刻まれた。
それ以来、二人は偶然が重なり、同じサークルに入り、自然と一緒に過ごす時間が増えていった。そして、いつしか恋人同士になり、大学生活の多くの時間を共有するようになった。
夜の静かな公園に着くと、二人はベンチに腰掛けた。星空が広がり、木々の間から優しい風が吹き抜ける。
「こうやって夜空を見上げるの、好きだよね。」
悠斗が言うと、沙織は静かに頷いた。
「うん。星を見てると、時間の流れが止まったみたいで落ち着くから。」
沙織は空を見上げ、しばらく沈黙していたが、やがてぽつりと口を開いた。
「ねえ、悠斗。もし、私が遠くに行くって言ったらどうする?」
「え?」
悠斗は驚いて沙織を見つめた。
「冗談、だよね?」
沙織は少し微笑んだが、その笑顔にはどこか影があった。
「冗談だったら、よかったのにね……。」
悠斗は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
「何があったのか、ちゃんと教えてくれないか?」
沙織は目を伏せ、静かに話し始めた。
数日前、沙織は家族の事情で海外へ引っ越すことが決まったと知らされた。
「両親の仕事の都合で、急に決まっちゃったの。私にはどうすることもできなくて……。」
沙織の声は震えていた。
「そんな……どうして、もっと早く話してくれなかったんだ?」
「言えなかった。悠斗と過ごす毎日が楽しくて、この現実を忘れたかったから。」
悠斗は拳を握りしめ、何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
「でも、私たちはこれで終わりじゃないよね?」
沙織が不安そうに尋ねる。
「終わりになんてしない。離れてても、俺たちは繋がってる。」
悠斗は力強く答えた。
「本当に?」
沙織の瞳には涙が浮かんでいた。
「ああ。絶対に離れない。俺は待つし、いつかまた一緒になれる日が来ると信じてる。」
悠斗の言葉に、沙織は涙を流しながら微笑んだ。
「ありがとう、悠斗。君がいてくれて本当に良かった。」
翌日、沙織が海外へ旅立つ日がやってきた。
空港の出発ゲート前には、多くの人が行き交っている。悠斗は沙織の手をしっかりと握り、最後の時間を惜しむように話していた。
「沙織、行っても連絡は絶対にしてくれよ。」
「もちろん。毎日でも、君にメッセージ送るから。」
沙織は涙をこらえながら微笑む。
「離れてても、明日はきっと続いてるよね。」
「そうだよ。明日も、明後日も、ずっと一緒にいるつもりでいよう。」
二人は固く抱きしめ合った。
「じゃあ、行くね。」
「またな、沙織。」
沙織は手を振り、ゲートの奥へと消えていった。その背中を見送る悠斗の胸には、決意があった。
「どれだけ離れていても、俺たちの明日は一緒だ。」
それからの毎日、二人は離れていても連絡を取り合い、少しでもお互いの存在を感じられるように努めた。星空を見上げるたびに、沙織は悠斗の言葉を思い出し、悠斗もまた沙織の笑顔を胸に刻んだ。
そして、いつか再び会えるその日を信じて、二人はそれぞれの明日を歩き続けていた。