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法の不遡及、人民裁判の有害性
法によらざる裁判は私刑である。
一時点の行為、合法による学習を新しい解釈「無断学習」で裁くのは適正ではなく、それもどうして一般AIユーザーや絵師が私刑に処されるのか。
彼らが裁かれるべきだと言うのなら、ビッグテック各社も裁かれるべきである。
もしAI利用が犯罪で裁かねばならないのならば、Googleユーザー四十三億人も裁かれねばならない。GoogleレンズもGoogle翻訳もGoogle検索も全て「無断学習」の成果であるから。しかるに何故AIイラストユーザーやその疑いをかけられた絵師のみが人民裁判にかけられ、弁明を強要されねばならないのか。
人民裁判での被告人は全員無罪に他ならない。
そこに悪があるのなら、公正な裁判で司法の判断を問うべきである。
日本は、ダウンロードの違法性を厳しく規定する法律を施行している。
一方、ダウンロードが違法とされない国々も存在し、日本にはアメリカ合衆国のようにフェアユースの概念も有しない。
そこで必要とされたのが著作権法第三十条の四であるが、AI開発に必要な環境が整備されつつあるものの、日本は未だ主導的なAIサービスを提供していない。
美術屋としての知見
私は父方の祖父の代から美術に関わる家に産まれた人間です。
母方の曽祖父も絵描きです。
したがってアナログからデジタルへの転換期についてその盛衰を見てきました。
特にバブルからしばらくは大変な資本がアナログ美術の市場に注ぎ込まれました。しかし現在の市場規模は甘めに見積もって1/10、実情はそれ以下です。
この経験からデジタルイラスト市場もまた同じ轍を踏むのでないかと危惧しています。イラストレーターさんはAIイラストに対して「見る目のない消費者」がAIイラストを評価するのは許しがたく、啓蒙せねばならないと言う主張も見られます。しかしそれはアナログ美術が通った道なのです。
美術的な見地からは技巧拙劣、デジタルソフトに頼りきったアニメイラスト、そうしたものに過剰な賞賛を与え、大きな資本が市場を形成するでもなく安売りと世辞で貧しく巨大な市場をTwitter上に形成してしまった。
「見る目のない消費者」を非難するイラストレーターの言い分はアナログ美術家の言説と全く同じです。
若いイラストレーターなら兎も角、油絵描きなどがデジタルに転換するのは困難であり、売り手であった画商さんの多くは廃業に追い込まれたからです。
その値打ちがあると考えるなら、イラストレーターさんに依頼を出し続け、生活を助けてあげてください。既に公金の節約などをせねばならない団体の広告などはAIイラストに置き換わりつつあります。
アナログの美術家も実力のある人間は売り場がなくなってもパトロンを得たり、美術講師など教える側にまわる事で美術家を続ける事は可能でした。
しかしその競争は尋常ではなかった事を知って頂きたく思います。
恐らくはデジタルイラストレーターさんも遠からず非常な競争が要求されるでしょう。
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