#48【トロイ】ep.2「映画の世界観の表現と音楽の歴史と」
※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#48にあたる内容を再編集したものです。
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【トロイについて】
2004年公開
監督:ウォルフガング・ペーターゼン
音楽:ジェームズ・ホーナー
登場人物
アキレス:
ギリシアの英雄。
アガメムノンに不満を抱きながらもトロイとの戦争に参加する。
ヘクトル:
トロイの王子でパリスの兄。
パリス:
トロイの王子。
メネラオスの妻ヘレンを祖国に連れ帰る。
ヘレン:
アガメムノンの妻。パリスと恋に落ちる。
ブリセイス:
パリスの従妹。神殿の巫女。
オデュッセウス:
アキレスの親友。
アキレスにトロイア戦争への参加をうながす。
アガメムノン:
ミュケナイ王。
ギリシア連合軍を率いてトロイを侵攻する。
メネラオス:
スパルタ王。
アガメムノンの弟で、ヘレンの夫。
パトロクロス:
アキレスの従兄弟。
アキレスの元で戦いを学んでいる。
【前回の振り返り】
前回は映画トロイから、ミュケナイに関する戦いのテーマとアキレスさんの音楽の使い分けについてみてきました。
ミュケナイの戦いのフレーズはこうでしたね。
(演奏)
ミュケナイのやり口はとても嫌な感じで、その結果あのようなフレーズが演奏されていたのかもしれませんね。
それとアキレスさんはそのあまりの強さに見る相手によって楽曲が使い分けられていたという話でした。
その方向性はやはり英雄的で主人公と呼んでもいいものでしたね。
ヒーロー側にヴィランがいてヴィラン側にヒーローような構図がとても面白く、その見分けかたは音楽を聴いていればわかる仕組みになっていたのも面白い仕掛けですよね。
【世界観の表現について】
この映画は現代から3200年前、だいたい紀元前1200年頃が舞台になっている映画です。
その世界での出来事のように映画は見せる必要があるので、世界観が壊れるような音楽を用意するわけにいきません。
ですので、古代ギリシャではどのような音楽が演奏されるとその世界観を感じることができるのかを考える必要があります。
ただ古代の音楽ということもあって、わかっていないこともたくさんあります。
特に今回は古代ギリシャの話なので、紀元前2000年〜1000年の間の音楽ということになりますが、もちろん当時のことを知っている人はいないですよね。
そこで音楽家は当時の音楽がどのようなものかを想像して、それを映画音楽のフォーマットに落とし込むことで、世界観の表現をしていくしか方法がありません。
もちろんわかっていること、例えばどのような楽器が使われていたかやどのような音階(スケール)が使われていたかなどの資料を集めたりすることをします。
その中でわかったことを音楽に反映させていくのですが、あまりにも昔過ぎるとあまり文献が残っておらず、壁画や文明の伝達がどのように文化的な発展をしていったかなどの情報を整理していきます。
もちろんこれは現代でも日本が舞台の場合は、雅楽や邦楽などの楽器を用いたり日本特有の音階などを使って表現するのと同じで、国や地域ごとの民族音楽を勉強する必要があります。
以前やった映画バック トゥ ザ フューチャーでも1980年代の楽曲を使うことで、50年代から80年代に帰ってきたと感じさせる作りになっていたり、映画アトランティスではガムラン音楽を使うことで、オリエンタルな海底都市の表現をしていたりと、さまざまな方法で世界観の表現というのを試みています。
しかし映画なので、本当に世界観だけを表現するために舞台の完全再現をするだけというわけにもいきませんよね。
そうなれば、映画として成り立たなくなってしまうので、舞台設定や世界観とは別に劇的な音楽の表現や緊張感のある音楽は西洋音楽をベースに独自の映画音楽形態によってある程度はフォーマット化され、その中で最も相応しい音楽を制作するのが音楽家の仕事ということになります。
ましてや今回のような音楽としての情報が極端に少ない中、舞台背景をイメージする方法を今回はお話ししたいと思います。
ほとんどが文献による僕なりの解釈を含みますので、多少の前後や定説諸説あると思いますがご容赦お願いいたします。
映画の時代背景と古代音楽の成り立ち
今作トロイの舞台は古代ギリシャ、紀元前2000年〜1000年頃の話です。
まずは古代音楽の成り立ちを本当に簡単にお話しますと、音楽の歴史は紀元前36000年前のものとされている骨の笛の出土から始まっていると言われています。
ただそれはあまりにも古過ぎるので、今回は紀元前3500年あたりまで遡りたいと思います。
その年代ですとメソポタミア文明の時代が特に影響を与えているとされています。
すでに壁画に管楽器や弦楽器、打楽器のようなものが描かれていたそうです。
そしてそのメソポタミアからヨーロッパの各地に音楽が伝達されたと考えられています。
今回のトロイでもその影響のような片鱗を聴くことができます。
シリアの音楽に近いボーカル
アップルミュージック トロイ ミュージック フロム ザ モーション ピクチャー 4曲目に収録されている「ザ テンプル オブ ポセイドン」という楽曲です。
この楽曲の冒頭では女性ボーカルを聴くことができます。
音は違いますが、このような表現が近いですね。
(演奏)
このボーカルはシリアの聖歌や哀歌に近いものですが、今回のトロイの楽曲とどこか音楽的に似た側面を持っています。
もちろん聖歌なので紀元前1200年にあるはずもないのですが、そこを忠実にしても映画として成り立たなくなるので、ここでは中東もしくは西アジアからヨーロッパに伝達された音楽と感じさせることが重要になってきます。
そのためこのようなボーカルが採用されているわけですね。
9曲目に収録されている「ヘクトルズ デス」という楽曲の0:59秒あたりでもこのようなボーカルが演奏されます。
これらはトロイの立地が関係しているとも考えられて、トロイ遺跡は今で言うところのトルコにあります。
トルコは東ヨーロッパに位置し、シリアとは隣り合う国です。
そのシリアの音楽性を与えることはとても自然に感じられますね。
コーラスの使われるシーン1
ではどのような時に、このコーラスが使われていたを少し抜粋してみると、
33:41
ミュケナイとスパルタ連合軍が攻めてくる前のトロイの風景が映るシーンです。
ここではトロイに与えられてた音楽であることがわかりますね。
コーラスの使われるシーン2
ただこれだけだとまだわからないので、もうひとつシーンを抜粋すると、
2:01:38
アキレスさん対ヘクトルさんの一騎打ちで、ヘクトルさんが致命的な攻撃を受けたシーンです。
この後ヘクトルさんは決着をつけられてしまうので、これはヘクトルさんに与えられた音楽となります。
このシーンでは結局アキレスさんとの力の差は圧倒的だったため、主人公ポジションのアキレスさんが勝っても勝利の音楽は演奏されませんね。
むしろトロイの敗北として音楽が用意されているのは面白いですよね。
やはり観ている側は不利的状況からの勝利にこそエンターテイメントを感じるので、ここはヘクトルさんが負けてしまうことへの悲壮感の方が優先されています。
そして、やはりトロイ側に与えられる音楽にシリアのイメージが強いボーカルが演奏されます。
トロイの立地や文化的条件を加味して音楽の演奏する方法を選択していますね。
そのためもうひとつの声の素材として、コーラスが登場します。
コーラスの使われるシーン3
24:56
アキレスさんが母の元を訪れて、トロイに攻め込む手伝いをするべきか相談するシーンです。
このシーンでは女性のコーラスが使われています。
しかし先ほどのボーカルとは異なった素材になりますね。
こういったイメージです。
(演奏)
この声は神秘性を与えるためのコーラスのため、イメージも変わります。
アキレスさんの母はどこか神秘的で、アキレスさんの名前からどことなく女神のような、全てを知っているかのような立ち振る舞いで登場しています。
そのため神秘的なコーラスが選択されたと考えられますね。
同じ声の素材ですが、イメージは全く違い世界観の表現と神秘性の表現ということになりますね。
古代ギリシャの音楽
話を古代の音楽に戻すと、古代ギリシャには音楽の基礎となるような理論がすでにあったとされています。
長いので要約すると、地域別や部族を表すための音階が存在していたとされています。
民族の気質や精神性を尊重するような音階で、ドーリアやフリギア、リディアなど地名などがつけられています。
それがのちの教会旋法(モード)にあたるものです。
さらにピタゴラスさんが考えた音楽を数学的な音楽体系と結びつけたシステムとアリストクセノスさんが考えた多くの人が心地よいと感じる音楽を演奏して歌う哲学のような音楽の2分に分けられます。
この両極の考え方が存在した時代は紀元前500年頃からとされているので、この映画の話の700年も後の話ですね。
しかし音楽のイメージを導き出すのに、これらの文献や伝承から当時のジェームズ ホーナーさんは楽曲の作曲に役立てたことでしょう。
この時代の音楽はのちにヨーロッパにも影響を与えて、いまでは世界中で当たり前のように使われている理論形体のはじまりのような音楽です。
英語のmusicもゼウスの娘の創造神であり知の守護神である女神ムーサからとったとされています。
遠いようで近い、古代ギリシャの音楽とその世界観の表現方法でした。
【エンディング】
2回に渡って映画トロイの音楽をみてきました。
劇中はミュケナイスパルタ連合軍とトロイ軍の争いで、そのなかでアキレスさんの動向を追うのが映画の軸となっていました。
ミュケナイスパルタは見事なまでの悪役振りで、その連合軍に与えられた音楽もまた迫力があり、ヒリついた緊張感のあるフレーズでした。
さらにアキレスさんの力は圧倒的で、対峙している視点からその音楽の方向性が決められていましたね。
そして今回は世界観の統一を目指すために音楽家はどのように考えるのかについてみていきました。
皆が持つ共通認識と、歴史的背景などを加味した上で映画として負けない音に昇華させていたわけですね。
その読みときの一端を今回はみてきました。
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そして次回は、ブラックパンサー ワカンダ フォーエバーというマーベル作品をやろうと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
ではまた!