#30【ベンジャミン・バトン 数奇な人生】ep.2「ニューオリンズの音楽と、ベンジャミンさんの関係性とは」
※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#30にあたる内容を再編集したものです。
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【ベンジャミン・バトン 数奇な人生について】
2008年公開
監督:デヴィッド・フィンチャー
音楽:アレクサンドル・デスプラ
登場人物
ベンジャミン・バトン:
主人公。歳を重ねるごとに若返っていく。
デイジー・フューラー:
キャロラインの母。死の間際、キャロラインに日記帳を読むよう頼む。
キャロライン・フューラー:
ベンジャミンとデイジーの娘。
クイニー:
老人施設を運営する女性。ベンジャミンを育てる。
ティジー
クイニーの夫。
エリザベス・アボット:
人妻。ロシアでベンジャミンの恋人になる。
マイク船長:
ベンジャミンの乗る船の船長。
トーマス・バトン:
ベンジャミンの父親。ボタン工場を経営している。
【前回の振り返り】
前回は新しい暮らしという楽曲の捉え方とエリザベスのテーマについてやってきました。
新しい暮らしでは、そのベンジャミンさんの新しいことに関して演奏される機会があり、出会いも別れもベンジャミンさんにとっては新しい暮らしであることがわかりました。
(演奏)
エリザベスのテーマでは、エリザベスさんとの出会いから別れまで、全てを丁寧に音楽で後押ししていました。
その楽曲のどこか不安な音程がぐらついた 2 人の関係性を表しているようで、非常に美しい楽曲でした。
(演奏)
【ソースミュージックから読み取る映画の隠されたテーマ】
前回この映画がナレーションベースで描かれているという話を軽くお話ししました。
ストーリーは場面場面で区切られ、途中は日記を読んでいるという体でナレーションが入り、ストーリー自体をぶつ切りにしたような作りこそがこの映画の真骨頂とも言えます。
こういった理由で時代性(時間軸)を意識させるために、ソースミュージックが巧みに使用されていました。
ソースミュージックに関しては、S2 #7バック・トゥ・ザ・フューチャーで詳しくやっているので、まだ聴いていない方は是非聴いてみてください。
話を戻すと、例えばベンジャミンさんとデイジーさんが2人で暮らし始めた時、モノクロのテレビにはザ・ビートルズのツイスト・アンド・シャウトが流れています。
映像は一瞬でわかりづらいですが、恐らく1964/2/23に放映されたエド・サリヴァン・ショーでのパフォーマンスだと思います。
このように、1960年代の曲であるという意味をソースミュージックで与えることで、時代性とベンジャミンさんの逆行する見た目の年齢を説明するような効果を与えています。
しかも今回劇中で演奏されている楽曲は、アップルミュージック ベンジャミン・バトン 数奇な人生 オリジナル・サウンドトラックに収録されているのが、非常にありがたいですね。
ちなみにこのオリジナル・サウンドトラック以外にもいくつか楽曲が演奏されていますので、映画を観た方は探してみると面白いと思います。
全部紹介したいのですが、時間がいくらあっても足りないので、掻い摘んで紹介したいと思います。
このソースミュージックとベンジャミン・バトン 数奇な人生の関係は1918年以降のニューオリンズでの音楽的背景も反映されているので、ストーリーの時代性と使われている音楽の関係性をみていきたいと思います。
7:59
ベンジャミン・バトンさんが生まれた時のシーンです。
父のトーマス・バトンさんが急いで家に帰る街で演奏されています。
ドク・ポリーン マーチング バンド/ウィー・シャル・ウォーク・ザ・ストリート・オブ・ザ・シティという楽曲です。
いわゆるディキシーランド・ジャズというスタイルで、この時期の黒人労働者によるブラスバンドが、ディキシーランド・ジャズと呼ばれていました。
ドク・ポーリンさんは1920~1990まで活躍したニューオリンズのトランペッターで、この時期、1917年に初めてのジャズレコードがリリースされたりと、ニューオリンズではジャズが溢れかえっていたようです。
このニューオリンズという街は、様々な人種が入り混じることでジャズが生まれたと言われています。
ベンジャミンバトンさんが生まれたのが、第一次世界大戦終戦時なので、 1918年頃だとすると時代的にも非常にマッチしていますね。
この時演奏している映像は流れませんので、ドク・ポーリンさんが演奏しているかもしれないと思うと、なんだかアツいですよね。
30:02
オティさんに町へと連れられ、オティさんが恋人と落ち合うシーンです。
フランキー・トランバウアー・ヒズ・オーケストラ/オストリッチ・ウォークという楽曲です。
フランキー・トランバウアーさんは1920~1930年代のスウィングで一時代を築いたサックスプレイヤーで、この楽曲にも参加しているコルネット奏者でありピアニストであったビックス・バイダーベックさんとよくコンビを組んでいました。
もしかしたら聞き馴染みのないかもしれない、このコルネットという楽器はイタリア語でホルンを意味しますが、トランペットに比べると柔らかくまろやかな音色が特徴です。
一般的な認知度でいえばビックス・バイダーベックさんの方が有名ではありますが、2人ともこの時代のジャズに非常に影響を与えた音楽家です。
この時のベンジャミンさんは、教会で神父さんと話している時は7歳と発言していて、その後デイジーさんと初めて会う日が1930年となっているので、1925~1930年の間の時期だということになります。時期的にも完全にマッチしていますね。
51:28
デイジーさんとかなり仲良くなり、週末の入居者の家族が遊びに来るイベント的なシーンです。
かなり短い演奏ですが、ボズウェル・シスターズ/ザッツ・ハウ・リズム・ワズ・ボーンという楽曲です。
ボズウェル・シスターズは、マーサ・ボズウェル、コニー・ボズウェル、ヘルビーシャ・ヴェト・ボズウェルからなる三姉妹コーラス・グループで、 1930年頃から人気を博し、1936年には解散してしまいおのおので様々な才能を発揮した姉妹です。
このシーンに明確な年数は語られることはありませんが、船長に無理を言って、デイジーさんと船でおそらくミシシッピ川を遊船している時に、大きな船が横を通ります。
船の歴史に詳しい方ならなんの船かわかって面白いのだと思うのですが、全くわからずでしたので、次のシーンであるベンジャミンさんの旅立ちが1936年ということから推測して1930~1936年の間ということになりますね。
これもボズウェル・シスターズが活躍していた時期と重なるので、観ているだけで時代を反映できます。
1:30:23
帰ってきたベンジャミンさんがデイジーさんと再開し、ディナーに行くシーンです。
シドニー・ベシェ/アウト・オブ・ノーホエアという楽曲です。
シドニー・ベシェさんは1908~1957年の間活躍したクラリネット奏者兼ソプラノ・サックス奏者でありジャズミュージシャンで、ジャズ史ではルイ・アームストロングさんと並んで語られるほどの音楽家です。
アウト・オブ・ノーホエアという楽曲は、パリ録音のものが有名でヴォーグというレーベルで録音された可能性が高いです。
今回の劇中の音を聴いてみると、Si tu vois ma mère(シ・トゥ・ヴァ・マ・メァみたいな発音)に収録されている録音に近い感じがします。
その録音だと1949年に録音されたものがよくあがってきますが、今回のシーンはおそらく1945年頃だとベンジャミンさんの台詞からも予想ができます。
ちょっと時代がずれてる?ともとれますがそんな野暮なことは置いておいて、この楽曲は1931年に作曲された有名なスタンダード曲ですので、この当時数えきれないほどのセッションをしていたでしょうし、1949年頃にはフランスに拠点を置いていたはずなので、まだフランスに行く前にニューオリンズで演奏していたと考えると、非常にエモい感じがしますね。
さらに言うと、この後にデイジーさんはフランスで車に轢かれバレエができなくなってしまいます。
おそらくですけど、おばあちゃんデイジーさんの発言から、それが1947~1952年あたりでの出来事だと思います。
そうなるとシドニー・ベシェさんがフランスに拠点を置いた時期、もといアウト・オブ・ノーホエアが録音された時期に非常に類似しますよね。だからなんだという話なので、話を戻して、
1:31:45
2人はディナーを済ませ、公園のようなところを散歩しているシーンです。
ルイ・アームストロング/ディア・オールド・サウスランドという楽曲です。
ルイ・アームストロングさんはニューオリンズ発のジャズトランペット奏者で、歌手としても活躍した方でした。
様々な手法をジャズに取り入れるなどして、大きくジャズの発展に貢献したことでも有名ですね。
1930年と1956年に録音されていますが、劇中で使われているのは1930年オーケイレコーズのものだと思います。
この二つを同時に話したのには理由がありまして、1930年代ジャズミュージシャンたちは、ニューオリンズからシカゴへと移っていました。そして1940年以降はリバイバルとしてニューオリンズ・ジャズがまた注目を浴びます。
このニューオリンズの音楽の元気がない時、うまいことベンジャミンさんはロシアに行っています。
なんならデイジーさんもニューヨークに行っています。
その後二人が再会したのは、1945年なのでニューオリンズ・ジャズのまた再注目を浴びた時期に重なります。
この二人の関係が、まるでニューオリンズのジャズとリンクしているかのようで非常に面白いです。
ですので、この二人がディナーをし、散歩をしているシーンではその時の流行歌という側面よりも、昔から愛されていた音楽と二人のどきどきしている感情を優先したように感じます。
大人びたスローテンポなソロイスト、独奏曲ですね、が演出としてめちゃめちゃかっこよくマッチしています。
1:59:21
デイジーさんの事故の後、一人で帰ってきたベンジャミンさんはヨットに乗ったり気ままな生活をしているシーンです。
プラターズ/マイ プレイヤーという楽曲です。
プラターズはオンリーユーという楽曲が一番有名かと思うのですが、コラース・グループでここからジャズからR&B、ソウル、ロックへと音楽も変化していきます。
いわゆるオールディーズというやつですね。
プラターズはロサンゼルスだとかカリフォルニアだと思うので、この頃から情報がさらに流通するようになった時代性というのも加味されているのだと思います。
この少し後にデイジーさんと再会する時が1962年ということなので、おそらく1952~1962年頃の話かと思います。
そうなると、マイ プレイヤーは1954年リリースなので、時代としても非常にマッチしていますね。
さらに音楽性で時代の変化まで描けて一石二鳥のような使い方です。
2:08:15
冒頭でもお話ししたザビートルズのツイスト・アンド・シャウトが流れますね。
さすがにこの楽曲はオリジナルサウンドトラックには収録されていませんでしたね。
このシーンもものすごくかっこよく、非常に幸せそうでいいですね。
そして最後に忘れてはいけなのが、
2:38:14
今まで出会ったベンジャミンさんにとってとても印象的な人たちを思い出すようなシーンです。
(軽く演奏)
スコット・ジョプリン/ベリーナという楽曲です。
スコット・ジョプリンさんは黒人初のクラシック音楽家としても有名で、その音楽性はクラシックの響きにアフリカ系アメリカンのリズムを追加する「ラグ」という全く新しい手法を確立しました。
映画スティングで使われていたのも印象的ですね。
(軽く演奏)
生前は中々評価される機会が少なかったのですが、デビューといいますか、独り立ちのきっかけはミシシッピ川のほとりにあったサロンだったそうです。
サロンというのはサルーンとも呼ばれたりして、今で言うところの酒場でついでに宿泊もできる、アメリカの古い映画や西部劇でみる感じのやつですね。
あちこちのサロンや施設で演奏していたそうです。
その後、1970年代に再評価され、いまでは非常に人気のある音楽家です。
このスコットジョプリンさんが演奏される理由というのがいくつかありまして、まずはミシシッピ川ほとりが起源である点。
それと映画の当時では自動演奏のピアノが流行っていまして、ピアノロールという巻紙に記録された楽譜が大きなオルゴールのような仕組みで演奏されていた時、スコットジョプリンさんの楽曲が多く使われていたという点。
最後に映画の途中でベンジャミンさんが練習していた曲がスコットジョプリンさんのベリーナという楽曲だった点です。
劇中でベリーナは3回演奏するシーンが出てきます。
40:48
ピアノを教えてくれた、大切な友人であるお婆さんからピアノを教わるシーンです。
おばあさんの、「うまく弾こうと思わないで、大事なのは感じること」という台詞が印象的ですね。
次に、
1:26:27
ロシアから帰ってきたベンジャミンさんが、懐かしむように老人施設にあるアップライトピアノで演奏するシーンです。
母から話かけられすぐに演奏をやめてしまい、近くで聴いていたおばあちゃんの耳が遠いことを聞かされベンジャミンさんはなんとも言えない顔をするのがいいシーンですね。
2:32:23
最後がベンジャミンさんが歳をとり、子供になってしまい保護された際に、デイジーさんが会いに行くシーンです。
ここでは調律の狂ったピアノでたどたどしい演奏をベンジャミンさんが手癖のように演奏しているのが非常に印象的です。
この3シーンでは、音楽を覚えるシーン、誰かのために演奏するシーン、忘れてしまうながらも演奏するシーンという、起源、黎明(れいめい)、衰退のような時間を切り取った作りになっていて非常に面白いですね。
映画のコンセプトをそのまま表しているかのようで、とてもうまくストーリーに混ぜていました。
こういった理由から演奏され、スコットジョプリンさんの楽曲がうまくはまっていましてた。
その楽曲を映画の最後に皆を思い出すかのように演奏されていたことが、時間の逆行とその終幕に合わさりさらなる感動を生んでいました。
【エンディング】
2回にわたってベンジャミンバトン数奇な人生をやってきました。
映画のコンセプトに合わせるように音楽を巧みに演出として使っていました。
1回目では新しい暮らしという楽曲の捉え方とエリザベスのテーマについてやってきました。
新しい暮らしでは、ベンジャミンさんの新しいことに関して演奏される機会があり、出会いも別れもベンジャミンさんにとっては新しい暮らしであることがわかりました。
エリザベスのテーマでは、エリザベスさんとの出会いから別れまで、全てを丁寧に音楽で後押ししていました。
その楽曲のどこか不安な音程がぐらついた 2 人の関係性を表しているようで、非常に美しい楽曲でした。
そして今回がソースミュージックを使うことで、その時代性、音楽の歴史、映画のコンセプトに直接語りかけるように使われていました。
ソースミュージックの使い方として、ここまでうまくはまっている映画も珍しいかもしれませんね。
使い方ひとつで映画の奥にある真意のようなものに触れられる作りは、アメリカニューオリンズに昔から住む人達からしたら、さらにグッとくるものがあるかもしれません。
こればっかりは生まれも育ちも違うので羨ましい限りですが、読み取ることで映画をさらに楽しめるのはこのポッドキャストでやりたいことの一つなので、みなさんも今一度観る機会がありましたら、ぜひその辺も気にしてみてみるとさらに映画を楽しめるかもしれません。
そしてサブスクリプションでは、映画冒頭で演奏される「ポストカード」「ミスターガトー」おなじメロディなのですが、この楽曲を深く掘り下げて、あの不思議なメロディはどのようにしてできたかをみていこうと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
ではまた!
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