#29【ベンジャミン・バトン 数奇な人生】ep.1「音楽と映像の絶妙なバランス」
※この記事はPodcast番組「映画にみみったけ」内のエピソード#29にあたる内容を再編集したものです。
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【ベンジャミン・バトン 数奇な人生について】
2008年公開
監督:デヴィッド・フィンチャー
音楽:アレクサンドル・デスプラ
アレクサンドル・デスプラの作家性
どこか不思議でファンタジックに感じさせる、そんな作曲を得意とする音楽家です。
壮大というよりはどこか親密で、非常にキャッチーなメロディの中にもどこか言葉では言い表し難い魅力的な要素を盛り込みます。
ある意味では怖さのような、不安のようなほの暗いイメージをキャッチーなメロディの端々に加えた楽曲から、アレクサンドル・デスプラさんの作家性を窺い知ることができます。
そのある意味で人間らしい楽曲は、映画の世界観に一気に引き込んでくれる魅力あふれる作品を生み出す音楽家だと思います。
作曲家作品
真珠の耳飾りの少女
真夜中のピアニスト(ベルリン国際映画祭銀熊賞 音楽賞 受賞)
クィーン
ライラの冒険/黄金の羅針盤
ベンジャミン・バトン 数奇な人生(アカデミー賞作曲賞ノミネート)
ニュームーン/トワイライト・サーガ
ファンタスティック Mr.FOX
ゴーストライター
英国王のスピーチ
ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1、2
ものすごくうるさくて、ありえないほど近い
グランド・ブダペスト・ホテル(アカデミー賞作曲賞受賞)
GODZILLA ゴジラ
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
リリーのすべて
シェイプ・オブ・ウォーター(アカデミー賞作曲賞受賞)
犬ヶ島
ギレルモ・デル・トロのピノッキオ
登場人物
ベンジャミン・バトン:
主人公。歳を重ねるごとに若返っていく。
デイジー・フューラー:
キャロラインの母。死の間際、キャロラインに日記帳を読むよう頼む。
キャロライン・フューラー:
ベンジャミンとデイジーの娘。
クイニー:
老人施設を運営する女性。ベンジャミンを育てる。
ティジー:
クイニーの夫。
エリザベス・アボット:
人妻。ロシアでベンジャミンの恋人になる。
マイク船長:
ベンジャミンの乗る船の船長。
トーマス・バトン:
ベンジャミンの父親。ボタン工場を経営している。
あらすじ
2005年のニューオリンズ。病床にある老婆デイジーさんは、娘のキャロラインさんにある日記帳を読んでほしいと頼みます。
その日記を書いた男の名前はベンジャミン・バトン。そこには彼の人生が記されていました。
始まりは1918年の夜。とある老人施設の前に赤ん坊が置き去りにされていました。
施設を運営するクイニーさんとティジーさんの夫妻は赤ん坊を抱き上げて驚きます。
その赤ん坊は生まれたばかりだというのにも関わらず、老人のような姿をしていたのです。
それでも子供の居ないクイニーさんは赤ん坊を育てることに決めます。
ベンジャミンと名付けられた子供は、施設の老人たちにも受け入れられ幸せに暮らしていくことになります。
そして驚くべきことに、ベンジャミンさんはどうやら成長するに従って若返っていくようなのです。
はじめは車いすで老人のように過ごしていたベンジャミンさんですが、12歳を迎える頃には杖をつきながらも歩けるほどに若返っていました。
そんなある日のこと、ベンジャミンさんは施設に遊びに来た少女デイジーさんと運命的な出会いを果たします。
互いに惹かれ合う二人でしたが、二人の間に流れる時間の違いはやがてすれ違いを生んでいきます。
【はじめに】
この映画の音楽の面白い部分は、楽曲を繰り返すことにあります。
楽曲はほぼ同じ構造で若干のアレンジの違い以外は近い演奏がされるのが特徴です。
その大きな理由は、この映画がナレーションベースで描かれている点にあると考えられます。
ストーリーというのは場面場面で区切られ、途中は日記を読んでいるという体でナレーションが入ります。
このストーリー自体をぶつ切りにしたような作りこそがこの映画の真骨頂とも言えるのです。
そのため映像のエネルギーに強くリンクさせる必要があまりなく、その時々の状況にあった音楽が演奏されるわけです。
ですので、映像の状況を説明するための演奏だから、感情に強く結びついてしまうことを極力避けているように感じます。
あくまでも娘であり日記の読み手であるキャロラインさんに近い立場で、映画を眺めるかのようにどこか客観的に観れてしまう、とても不思議な作品です。
【新しい暮らしという楽曲の捉え方】
この映画は2:40:00分近い割と長尺な作品ですが、1:24:00あたりで前半と後半というイメージで分けることができます。
前半はベンジャミンさんの旅パートで後半はベンジャミンさんとデイジーさんとの恋愛パートといった感じです。
この前半部分では様々な経験を楽しみながらも、辛い経験や悲しい経験も積むことでベンジャミンさんが少しずつ大人へと成長していきます。
その際に度々演奏される楽曲があります。
アップルミュージック ベンジャミン・バトン 数奇な人生 オリジナルサウンドトラック 4曲目に収録されている「新しい暮らし」という楽曲です。
(一部演奏)
この楽曲はベンジャミンさんが新しい暮らしを迎えた時に演奏されます。
ここも冒頭でお話した通り、どこか俯瞰でみているような印象での新しい暮らしに感じられます。
18:07
介護職をしているクイニーさんに拾われ、老人の見た目でまだ子供のベンジャミンさんは、介護施設で暮らしています。
ここでの暮らしのなかで、ベンジャミンさんは様々な体験をして成長していきます。
この暮らしが描かれているシーンで演奏されるのが「新しい暮らし」という楽曲です。
まだ赤ちゃんの時に捨てられたベンジャミンさんは、クイニーさんに拾われたので、望んでこの生活をしているという範疇を越えてごくごく当たり前のように現状を受け入れています。
子供なら当たり前のように怒られたり、遠くに行ってみたいと感じたりするのですが、それも思い出のように語られることで、どことなく客観的に感じます。
ここで転機と言えるのが、デイジーさんとの出会いです。
32:24
ここでは幼少期のデイジーさんとベンジャミンさんが初めて出会うシーンです。
アップルミュージック ベンジャミン・バトン 数奇な人生 オリジナルサウンドトラック 3 曲目に収録されている「デイジーとの出会い」という楽曲です。
この楽曲のメロディに「新しい暮らし」のメロディが使われているのが非常に面白い点です。
ベンジャミンさんにとって、年の近い子と出会うことはなかったため、暮らしに変化が起きたことを感じさせます。
(さわりを演奏)
このようにベンジャミンさんにとっての暮らしの変化に対応してこの楽曲が演奏される機会がいくつかみられます。
55:36
ピアノを教えてくれた老婆の死に直面するシーンです。
椅子に座ったまま眠るように息を引き取った彼女を見つめるベンジャミンさん、というシーンで演奏されます。
「ピアノを習い、大事な人を失うことも教えてくれた」というセリフが入るので大切な友人でした。
特に仲良くしていた友人を亡くしても、ベンジャミンさんはどこか前向きで、その後旅に出ます。
この時にも「新しい暮らし」が演奏されます。
ここまででベンジャミンさんは様々な経験をします。
この先の旅立ちまでがベンジャミンさんにとって、色々なことを学ぶことができた新しい暮らしととることができますね。
新しい暮らしという楽曲の捉え方 まとめ
非常に文学的な意味合いを感じさせる「新しい暮らし」の使われ方でした。
「デイジーとの出会い」という楽曲でもメロディは使われていて、ベンジャミンさんの新しいこととの出会いが、暮らしの中にたくさんあり、その一つ一つが「新しい暮らし」となっていたことを感じさせる楽曲でした。
【エリザベスのテーマ】
次にエリザベスさんという女性が、デイジーさんとは別で登場します。
エリザベスさんは、ベンジャミンさんが仕事でロシアに行っている時に出会った人で、その後恋に落ちます。
このエリザベスさんの為のテーマのようなものが設けられています。
アップルミュージック ベンジャミン・バトン 数奇な人生 オリジナルサウンドトラック 5 曲目に収録されている「ムルマンスクでの愛」という楽曲です。
(一部を演奏)
どこか不思議な雰囲気を漂わせるこの楽曲は、日常的なシーンなのにどこか神秘的な魅力を感じる映像と非常にマッチしています。
そしてこれは楽曲のかなりの数に共通していることなのですが、オリジナルサウンドトラックの楽曲は 1 曲に対して同じ楽曲の別のアイデアの楽曲が含まれています。
すこしわかりづらいですが、1 つの楽曲の中に同じ意味合いで書かれた楽曲が複数収録されているようなイメージです。
今回のベンジャミン・バトン 数奇な運命 オリジナルサウンドトラックのここが面白いところですね。
シーンごとで演奏が収録されているわけではなく、同じ意味を持つ楽曲は組曲のように一曲にまとめられています。
ぜひ聴くことが叶う方は聴いてみてほしいです。
では次にシーンごとで追ってみましょう。
1:01:57
はじめてエリザベスさんと出会った後から演奏されます。
その後、ホテルのエントランスでたまたま再会した後まで演奏が続きます。
このあたりは非常に記号的にエリザベスさんと会うという動機に対して楽曲が演奏されます。
1:05:43
その後 2 人で紅茶を飲みながら話をしている時に演奏されます。
2 人は反りがあったのか明け方までおしゃべりを続けます。
この時の演奏も非常に記号的に、2 人の関係性のための演奏がされます。
この 2 点を特に記号的にする理由は、出会いから今までの経緯と、その後の関係性の示唆にも繋がる重要な説明のシーンであるからです。
はじめの 2 人はどこか喧嘩腰の出会い方をします。
そしてその後エントランスで出会い、興味が湧き紅茶を飲み明け方まで話をする仲になったのがこの時です。
そして、出会ったタイミングと仲良くなったタイミングでこの楽曲を演奏することで、エリザベスさんというキャラクターとこの楽曲のメロディを深く印象付ける必要があるんだと思います。
それでこの 2 人の関係性を観客側に理解させ、どこか危なげな 2 人の関係性に注意を引かせる構造になっています。
1:11:17
度々出かけるようになった 2 人がエントランスで待ち合わせているタイミングで演奏されます。
この時からこの 2 人は恋人の関係で、一緒にいる時にはこの楽曲が演奏されるようになっていきます。
その後、おやすみを最後にエリザベスさんはいなくなってしまい、その寂しさのような物悲しさを感じるようにエントランスで眠りこけてしまったベンジャミンさんに対して演奏されます。
その後書き置きが部屋のドアに挟まっていて、それを見つけた時にフレーズのみで最後に演奏されます。
ここは非常におしゃれでした。
この前後でベンジャミンさんは戦争に駆り出されることについての話が出てきます。
ベンジャミンさんが働いている船の船長が、乗組員に船で戦争の手助けをする報告を受けます。
その後、エリザベスさんの置き手紙を見つけ、フレーズが演奏されたらすぐに船で戦地に向かう場面に切り替わります。
この場面の切り替わりでは演奏は雰囲気を大きく変え、どこか不安感を煽る楽曲へと変化しています。
この切り替わりは非常に見事で、この映画の場面のエネルギーに合わせている楽曲として珍しい使われ方です。
少し脱線しますがこのエリザベスさん、女性初のイギリスフランス間の海峡横断泳に挑戦してその時は失敗に終わってしまいそのことが深く心に残っているというシーンがあります。
その時から彼女は挑戦を怖がるようになってしまったとベンジャミンさんに話します。
その後映画後半にテレビで女性最高齢でイギリスフランス間の海峡横断泳に成功したというニュースを観たベンジャミンさんが軽く微笑むのはなんだか印象的でよく覚えていました。
このシーンでは「ムルマンスクでの愛」は演奏されないんですけども。
それが非常に良くて、海峡横断泳の失敗を話すシーンでも「ムルマンスクでの愛」は演奏されず、エリザベスさんの根っこに迫る時は意外と演奏されないのが、むしろ説得力を増しているようにも感じました。
【エンディング】
今回は新しい暮らしという楽曲の捉え方とエリザベスのテーマについてやってきました。
新しい暮らしでは、そのベンジャミンさんの新しいことに関して演奏される機会があり、出会いも別れもベンジャミンさんにとっては、新しい暮らしであることがわかりました。
エリザベスのテーマでは、エリザベスさんとの出会いから別れまで、全てを丁寧に音楽で後押ししていました。
その楽曲のどこか不安な音程がぐらついた 2 人の関係性を表しているようで、非常に美しい楽曲でした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
映画にみみったけ、放送時のパーソナリティはヨシダがお送りいたしました。
podcastのエピソードは毎週日曜日に配信中ですので、そちらでもまたお会いいたしましょう。
ではまた!
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